不作為犯とは ― 検事とA容疑者の会話
A:性別 男、年齢 42歳、職業 会社員。
Aは、2008年9月30日深夜1時40分ころ、自家用車で国道○号線を走行中、○市○町2丁目の信号機つきの横断歩道において、歩行者(男、年齢25歳)をはね、重傷を負わせた。
その後、被害者は死亡した。
検事 | では、このたびの事件について、何点か確認します。
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A | あのねぇ、警察でもしゃべりましたって。一体何度、同じことを聞くんだよ。
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検事 | 警察での手続きと、検察官による手続きとは、意味が違うんですよ。
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A | 分かったよ。早くしてくれよ。もう昼じゃねえかよ。
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検事 | ・・・誰よりも、あなた自身にとって大切なことなんだよ。
昨日も注意したけどね、自分に不利だと思うこと、言いたくないことは言わなくていいから。
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A | 分かったって言ってるだろ! お前に言われなくたって言わねぇよ。
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検事 | では、あなたが被害者をはねた後のことだけどね。
被害者をはねたことに気がついて、車を降りたんだね。それから倒れている被害者を抱き起こして、助手席に乗せた。
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A | さっきから、その「被害者被害者」っていうの、止めてくれよ。真夜中、赤信号で急に飛び出してきて、よけるヒマあるかよ。こっちが被害者だって!
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検事 | 信号が赤だったかどうかは、こっちでも調べてる。それに、相手は亡くなってるんだよ。
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A | 急に飛び出すからだよ。
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検事 | でも、はねたときは意識があったんだろう。すぐ救急車を呼んで手当てをすれば、助かっただろうに。どうして呼ばなかったんだ。
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A | 夜中にどうやって呼ぶんだよ。
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検事 | 携帯電話は持ってなかったのか。
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A | だからー、バッテリーが切れてたんだよ。
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検事 | 最後に充電したのはいつだね?
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A | そんなの、覚えてるかよ!
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検事 | ・・・近くに24時間営業のコンビニがあっただろう。そこで連絡を頼もうとは思わなかったのか。
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A | コンビニなんて、知らねぇよ!
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検事 | それはおかしいな。事故があった交差点の角だから、眼に入るはずだ。
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A | ・・・自分で助けてやろうと思って、車に乗せたんだよ。救急車呼ぶより、その方が親切じゃないのか!
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検事 | 医療の専門家に任せたほうがいいとは思わなかったのか。
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A | だから、その専門家のところに連れてってやろうと思ったんだよ。
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検事 | 心当たりの病院とか、医者があったのか。
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A | ・・・知らねぇよ! だから、必死で探し回ったって言ってるだろ!
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検事 | そんなことをしている間に死んでしまうとは、思わなかったのか。
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A | アセってたんだよ。仕方ねーだろ!
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検事 | ・・・では、病院を探していたとして、なぜ国道を外れて、山手に向かったのかな。市街とは、まったく逆方向だね。
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A | 住宅街のほうに行こうと思ったんだよ。医者の家とか、あるだろ!
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検事 | 見つかりにくいとは思わなかったのか。
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A | あんた、さっきから何が言いたいの? こっちはわざわざ自分で医者に運んでやろうとしたんだよ。はねたまま、放ったらかしにしたほうが良かったってのか。
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検事 | しかし、その後、被害者を山手の神社に連れ込んで、放置してるな。放置されているうちに、被害者は死亡してしまった。
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A | 助手席を見たら、あいつは血泡吹いてやがるし、これ以上、車で揺らさないほうがいいと思ったんだよ。医者を探してから、連れに戻ろうと思ったんだよ。
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検事 | さっき、「重症だと思ったから、急いで医者に連れて行くために車に乗せた」という意味のことを言ったね。
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A | それがどうしたんだよ。
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検事 | あちこち連れまわして、そのうえ放っておいたら命が危ないとは思わなかったのか。
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A | そりゃ、・・・だから急がなきゃと思って・・・
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検事 | 付近住民の話では、神社には社務所もなく、一見して無人だと分かるそうだ。特にあの夜は秋雨が降って、境内には全く人気がなかった。そうだったな?
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A | ・・・
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検事 | 事故現場だったら、夜中でも人通りがあっただろう。国道沿いだし、近くにはコンビニが2軒ある。現に、お前は気がつかなかったようだが、事故は何人かに目撃されている。
だが、人里離れた神社では、「お前以外に助ける人は誰もいない」という状況じゃないか。わざわざそんな所に重傷者を連れて行って、放置しておいたらどうなると思ってるんだ。
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A | ・・・
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検事 | 現場に放置していたら、まだ救命の可能性があったんだよ。ひき逃げなら道路交通法違反にしかならないし、な。
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A | ・・・検事さん、俺、・・・。
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検事 | 同じように放置しても、その前にやった行為によって、罪の重さは全然違ってくるんだよ。お前の場合、事情によっちゃ、殺人罪までいくかもな。
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A | そ、そんな・・・ひどいよ、検事さん。ヤバそうだから、寝かせといただけだよ。
― 俺は、何も、やってない! |
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