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裁判員制度に関する質問状に対する回答

 2005年2月15日、「法、納得!どっとこむ」を運営するNPO法人リーガルセキュリティ倶楽部より、法務省、最高裁判所、日本弁護士連合会宛に、読者の皆さまからお寄せいただいたご意見とともに「裁判員制度に関するご意見をお聞かせください」を送付いたしました。
 これに対し、2005年2月28日に法務省 裁判員制度啓発推進室、最高裁判所 事務総局広報課より、3月1日に日本弁護士連合会 裁判員制度実施本部よりご回答いただきましたので、ご報告を兼ねて以下に掲載いたします。(原文は下のリンクからご覧ください)


法務省 裁判員制度啓発推進室からの回答

NP0法人リーガルセキュリティ倶楽部様からのお問い合わせに対する説明

法務省 裁判員制度啓発推進室

 このたび,裁判員制度に関する記事をホームページ上に掲載するなどしていただき,ありがとうございました。たいへん興味深く拝見いたしました。私どもは,法務省において,裁判員制度の広報啓発を担当しております。
 今回,「この結果をみる限りでは,国民の裁判員制度に対する理解はまだ不十分であり,誤解されている点も多々あるといえます」とされた上で,投票内容や意見を踏まえて説明等してもらいたいというご要望をいただきました。この点,もし国民の方々の中に誤解や理解が十分でない点があるとすれば,我々の広報啓発活動がまだまだ不十分であることが理由かもしれませんが,このたび,裁判員制度について説明する機会をいただきましたので,ぜひ,1人でも多くの国民の方々に,裁判員制度の内容や意義に関する理解を深めていただき,裁判員として裁判に参加しようという意識を高めていただきたいと考えております。

1 ご懸念の点について

 いただいた「自由意見」の中には,裁判員制度に関して心配な点があるというご意見がいくつかございました。その中から,特に十分なご理解をいただきたいこととして,「守秘義務」と,「裁判員のプライバシーや身の安全の保護」の2点について,説明いたします。

(1) 守秘義務について

 裁判員の守秘義務に関しては,「公開を旨とする裁判に合議における秘密などありうるのか」「公開原則の裁判なら,一般に口外しても良いはずでは」「守秘義務を守る自信がない」というご意見がありました。
 この点については,別紙1のチャート図に基づいて説明します。

 このチャート図にあるとおり,裁判員は,役目を果たす際に知った秘密を守らなければならず,そのことを言い換えると,裁判員には守秘義務があるということになります。ただし,裁判員が知ったことの中には,秘密と秘密でないことの2つがあり,公開の法廷で行われる証人尋問の内容や判決の内容のように,裁判を傍聴すれば誰でも知ることのできるようなことは,そもそも秘密にはあたりません。ですから,そのような内容を人に話したとしても,守秘義務に違反したということにはなりません。
 裁判員が守らなければならない秘密は,「評議の秘密」,「評議の秘密以外の秘密」の2つに分けられます。
 裁判官や裁判員は,一緒に話し合って有罪・無罪や刑の内容を決めますが,これを「評議」と言います。従来の裁判官だけによる刑事裁判においても,複数の裁判官が有罪・無罪などを決めるためには評議が行われますが,これは公開されません。(ご意見の中にもありましたが,「合議」と呼ばれることもあります。)裁判員が参加する裁判においても,評議は公開されません。評議の秘密の代表例は,評議で裁判員や裁判官が述べた意見の内容であり,たとえば,「重い刑にするべきだ」「被告人は被害者を殺そうと思っていたに違いない」などといった意見の内容が,これにあたります。
 このような評議の秘密を守らなければならないことには,理由があります。評議で十分に話し合うことで正しい判決ができるわけですが,後で自分の意見が公になるということでは,意見を言うことを差し控えてしまうかもしれません。それでは正しい判決をすることができないので,評議の秘密は守らなければならないのです。
 次に,「評議の秘密以外の秘密」には,さまざまなものがありますが,たとえば,証拠として調べられた日記帳に,事件と関係のない,個人のプライバシーに関することが書かれていた場合,その個人のプライバシーに関する内容は秘密にあたります。このような秘密を守らなければならないのは,人のプライバシーを守るためであることは,ご理解いただけると思います。
 このように,裁判員が知ったことの全てが秘密にあたるわけではなく,守秘義務に違反しない範囲で,裁判員としての経験を人に伝えることもできます。そして,守秘義務が定められていることには,十分な理由がありますので,ご理解ください。

(2) 裁判員のプライバシーや身の安全の保護について

 裁判員のプライバシーや身の安全の保護に関しては,「仕返しが気になる」「裁判員になった場合,危険にさらされるのではないか」というご意見がありました。
 もちろん,裁判員のプライバシーが害されたり,身に危険が及んだりするようなことは,あってはならないことです。そこで,裁判員制度では,そのようなことが決して起こらないよう,さまざまな仕組みがあります。
 まず,裁判員の名前や住所などは公にはされません。また,すでに守秘義務の説明でも述べたところですが,評議の際にどの裁判員がどのような意見を述べたかは,明らかにされません。そして,法律で,裁判員やその親族を脅すなどした者は処罰すると定められています。なお,裁判員やその親族に危害が加えられるおそれがあり,裁判員の関与が非常に難しいようなごく例外的な事件は,裁判員が加わらず裁判官だけで裁判を行う場合があります。
 このように,裁判員のプライバシーや身の安全の保護については,万全を期しておりますので,将来裁判員に選ばれた場合は,安心して参加してください。

2 裁判員制度に関する消極的なご意見について

 裁判員制度の意義を理解していない,又は裁判員として裁判に参加したくないというご意見に関しては,適正な議論・判断をする自信がないというご意見と,時間が拘束されるというご意見について,説明いたします。

(1) 適正な議論・判断をする自信がないので参加したくないというご意見について

 「教育・訓練されていない裁判員がきちんと自分の意見で判断することは難しい」「真実を見分けるのは難しい」「感情に左右されずに意見を言えるか自信がない」ので,裁判員制度に反対である,又は裁判員として裁判に参加したくないという趣旨のご意見がありました。
 裁判員の役目というのは,有罪・無罪を決めることや,有罪の場合には刑の内容を決めることです。その前提として,一体どんな事実があったのか,なかったのかということを判断する必要がありますが,その判断というのは,法律家でなければできないことではなく,普通の健全な常識を持った人であれば,できることです。法律の専門家でなければ判断が難しい法律の解釈などは,裁判員が加わらずに,裁判官だけで判断することになっています。また,裁判員制度というのは,裁判官と裁判員が一緒に議論をして有罪・無罪や刑の内容を決める制度です。裁判員だけで有罪・無罪などを決めるわけではありません。裁判員がその役目を果たす上で法律の知識が必要となった場合は,裁判官がきちんと説明してくれます。法律に関する専門的な知識がない裁判員が参加しても,きちんとした判断ができる仕組みになっています。
 裁判員の方々には,証拠をよく検討して,証拠に基づいて判断をしていただく必要があります。その過程で,裁判員の方々には,自由に意見を言っていただきたいし,そのことによって公正な判決をすることができるのです。評議では裁判員が発言する機会が十分に設けられるはずですし,そのようにしなければならないと法律でも定められています。そして,それぞれの人生経験を持つ複数の裁判員の方々が,裁判に関する経験がより豊富な裁判官と一緒に十分な議論をすれば,その結論が,感情に左右されたものになるはずはありませんので,その点に関するご心配をなさる必要はありません。
 適正な議論・判断をする自信がないので参加に消極的であるという方々は,裁判員の責任ということを真剣に考えていらっしゃるからこそ,そのようなご意見を持たれるのだと思いますが,以上説明したとおり,必要以上に心配なさる必要はありませんので,将来裁判員に選ばれた場合は,積極的にご参加いただきたいと思います。

(2) 時間が拘束されるので参加したくないというご意見について

 時間が拘束されるので参加したくないというご意見もありました。
 裁判に時間がかかるという印象を持っておられる方は少なくないようです。そのような印象を持たれる理由は,いくつかあると思います。1つには,マスコミで報道されるような大きな刑事事件の裁判の中には,事実関係が非常に複雑なために,裁判に時間がかかりがちなものがあるため,このような裁判が報道で大きく取り上げられることによって,裁判には時間がかかるという印象を持つということがあると思います。しかし,そのような時間がかかる裁判というのは,全体の裁判の中から見ると,実は数は多くないのです。もう1つの理由は,これまでの刑事裁判では,裁判を開く間隔があいていたということもあると思います。実は,2,3回で判決まで出るという裁判もかなりの数あるのですが,そのような裁判でも,2週間ないし1か月という間隔を置いて裁判を開くことが普通に行われていたため,判決が出るまでの期間ということになると,長くなってしまうということがありました。しかし,裁判員が参加する刑事裁判では,なるべく間に日を置かないで連続して裁判を開くことになっていますから,2,3日間で裁判が終わるということが普通になっていくことが期待されます。
 そのために,裁判所,検察庁,弁護士会は,真剣に努力をすると期待してよいはずです。検察庁の場合,最近の報道によると,検事総長自らが,裁判員制度の導入を強く意識して,全国の検察庁の幹部に対して,国民の負担を考えると公判を数日間で終えることが必要であり,検察として相当の覚悟が必要であると述べたということです。裁判員制度をうまく運用していくことは,裁判所,検察庁,弁護士会の三者に共通の最重要課題と言っても過言ではありません。刑事裁判にかかる時間が短くなることについて目に見える具体的な成果を期待していただいてよいはずです。

(3) なお,意見の中に,「過料を払ってでも裁判員をやりたくない」「自分なら裁判所での面接の際にわざと不適切な受け答えをして義務を免れようとすると思う」という意見があり,いずれも「公務員」からの回答とされていました。公的な制度である裁判員制度に関して,本当に公務員がこのような意見を述べたのだとすると,非常に残念なことだと思います。公務員がむしろ率先して,裁判員制度の意義について周囲に理解を求めていくということになるよう,法務省としても,努力していきたいと考えております。

3 裁判員制度の意義と参加意識について

 裁判員制度が始まり,裁判に国民が参加するようになると,判決は,国民の意見が反映されたものになり,司法の判断に対する国民の理解が得られることになります。その結果,司法は,今まで以上に国民から信頼され理解されるようになります。
 ご意見の中にも,このような裁判員制度の意義を理解していただいて,「一般人の感覚と(裁判官だけによる)刑事裁判の判決がかい離することがあるが,裁判員制度は,その隔たりを縮めるために作り出された制度であると思う」「判決に一般常識を反映させたい」という内容のものが見受けられますが,このようなご意見を述べている方々は,参加の意識が高いということが言えるようです。
 また,裁判員制度が導入され,国民が裁判員として刑事裁判に参加することで,国民が,自分たちの社会で起きている問題を自分たちのこととして考えることになり,世の中を良くしていくことにつながるということも言われていますが,いただいたご意見の中には,「社会人として,運命共同体の仲間のしでかした事柄を冷静に判断したい」「人を裁くということがどういうことなのか,生命の価値など,今あらためて見直さなければならない諸々のものに対して,自分の目で見て,肌で感じることは,これからの市民生活,教育ともに重要なことだと思う」「罪に見合う罰を科して,犯罪は割に合わないことを知らしめ犯罪発生を未然に防ぐ方向に持っていきたい」「治安は私たちの一番身近な問題であり,真実を知ることで今後起こりうる事態を良い方向にするために参加してみたい」という内容のものがあり,このようなご意見を述べている方々も,参加意識が高いと言えます。
 今回いただいたご意見を見ますと,裁判員制度の意義をご理解いただいている方々は,裁判員として参加したいという意見を持っている方が多いということが分かります。たしかに,裁判員制度は,国民の方々に負担をおかけする制度ではありますが,それでも,制度の意義を理解していただくことによって,参加意識を高めていただくことができるのではないかと思います。
 法務省では,最高裁判所や日本弁護士連合会,関係省庁などと協力しながら,これまでも,国民の方々に,裁判員制度の意義を理解していただき,参加意識を高めていただくよう,広報啓発活動に努めてまいりましたが,今後も,さらに積極的に,裁判員制度の意義を訴え,幅広い層の国民の方々が裁判員として裁判に参加しようという意識を持っていただけるようにしていきたいと考えております。

最高裁判所 事務総局広報課からの回答

リーガルセキュリティ倶楽部御中

最高裁判所 広報課

 はじめに,裁判員制度についてまとめた記事をホームページに掲載されるなどして,その趣旨や概要についての理解を広めていただいたことについて,心から感謝しております。今回の記事を踏まえて,裁判員制度の意義等について,少し御説明したいと思います。

 裁判所は,これまで,適正で迅速な刑事裁判を行うことに努めてきました。しかし,刑事裁判が,検察官や弁護士,そして裁判官という,法律の専門家を中心として行われてきたことから,ややもすると専門的な正確性が重視されて,審理や判決が国民の皆様にとって理解しにくいものと感じられるようになっていたことは否定できないように思います。また,一部の事件とはいえ,審理に長期間を要する事件があり,その点が皆様の信頼を損ねてきた面もあります。
 裁判員制度は,このような状況の中で刑事裁判を変えようとするものだと理解しています。国民の皆様に参加していただくことによって,刑事裁判が皆様にとっても分かりやすく納得のいくものとなり,また,審理がより迅速に行われるようになることが期待されています。いわば,裁判員制度は,国民に対する説明責任を果たす中で,裁判と国民との距離をより近くしていこうという趣旨の下に導入されたものといえようかと思います。

 ところで,これまで行われた世論調査や今回の投票の結果を拝見しますと,いつまでかかるか分からない裁判に付き合わされては,自分の仕事や生活が損なわれるのではないかとの不安をお持ちの方も多いようです。しかし,新たな制度が導入され,裁判員が参加する裁判について,裁判官と検察官,弁護人が,予め打合せを行い,事件の争点を整理し,裁判にかかる期間を明らかにした上で,裁判員を選任する手続きを行うこととなりました。これにより,多くの事件では数日で裁判を終えることができますし,きちんとした審理の見通しをもって裁判が始まることが期待されています。
 また,法律の専門家でない自分に人を裁くようなことができるのだろうか,裁判官に対して意見を言うことなどできないのではないかという不安をお持ちの方も多いように思われます。確かに,裁判員は,被告人が有罪であるか無罪であるか,有罪の場合にはどのような刑を科すかという判断に参加することになります。しかし,その場合に,難しい公式や理論の会得が求められているわけではありません。裁判では,十分な根拠(証拠)があるかどうかを常識に基づいて検討しているのであって,それは,「いたずらをしたのは,兄か弟か。」「この人はお金を貸しても返すつもりがあるかどうか。」など,人が日常行っている判断と基本的に違いはないのです。そして,先程述べたとおり,新たな制度の下では,裁判官と検察官,弁護人が予め打合せを行い,問題点を明確にした分かりやすい証拠調べを行います。もちろん,法律的な問題については,裁判官が分かりやすく説明します。裁判員の皆様が,証拠調べの内容に基づき,日常の経験から素朴な疑問や意見を出し,裁判官と議論していけば,裁判の内容は,これまでよりも分かりやすく納得のいくものになるはずです。裁判員6人が裁判官3人とともに知恵を出し合い,一つのチームとなって協働して判断すれば,きっとよい結論を出すことができると考えています。

 残念ながら,世論調査の結果をみると,国民の過半数の皆様が,裁判員として参加することに消極的な御意見をお持ちのようです。裁判所としては,以上述べましたような裁判員制度の意義や内容を国民の皆様に正しく御理解いただくとともに,皆様の不安を解消していただけるよう,今後とも,政府や日本弁護士連合会と協力しながら,精力的な広報活動を行っていく所存です。
 また,政府や日本弁護士連合会と協力しながら,裁判を充実かつ迅速なものとするなど,国民の皆様が参加可能な裁判手続を実現するとともに,制度の実施に向けた規則の策定を通じて,少しでも皆様が参加しやすくなるような環境整備に努めてまいりたいと思っておりますので,皆様の御理解とご協力をお願いいたします。
 なお,裁判員制度の概要及び同制度に関する法律の内容につきましては,法律を所管する法務省のほか,最高裁判所ホームページ裁判員制度コーナー http://courtdomino2.courts.go.jp/saibanin.nsf 等を御参照いただければと思います。

日本弁護士連合会 裁判員制度実施本部からの回答

NPO法人リーガルセキュリティ倶楽部
理事長 生 千歳 殿

日本弁護士連合会
裁判員制度実施本部事務局長 小野 正典

 裁判員制度について,約1ヶ月にわたり,貴倶楽部のホームページで取り上げていただき,ありがとうございます。また,ホームページ上に,私たちの意見を掲載する機会を与えていただき,ありがとうございます。
 貴倶楽部からいただきました貴重なアンケート結果やご意見をふまえ,私たちの意見を申し上げます。

1 制度理解と参加意欲アンケートについて

 裁判員制度への理解と参加意欲に関するアンケートの結果,「裁判員制度を理解しているし参加したい」とされるご回答が約3割ございました。そのようにお答えいただいた方の自由意見では,「市民が参加し社会常識を反映していくこと」,「罪を裁くことの意味を考えること」等,裁判員制度の意義を的確にご指摘いただいております。私たちは,現段階でのこの3割という数字は,決して小さな数字ではないと考えます。
 また,「理解していないが参加したい」とのご意見の中には,制度の詳細を知らないものの司法参加の意義はご理解いただいていると思われるご意見もあります。それらを合わせると,裁判員制度を理解し「参加したい」と考えておられるご意見の数は,さらに多いとも感じております。
 しかし,約6割の方は,参加したくないとご回答されました。私たちは,「理解しているが参加したくない」とのご回答を真摯に受け止めます。そして,参加意欲をそいでいるものは何かを具体的につかみ,今後進められる制度設計の中で,問題点を解消すべく,努力していきたいと思います。また,裁判員制度の意義を広げる活動を引き続き進め,「理解していない」とご回答された方が,「理解はした」とご回答いただけるよう,今後ともさまざまな活動をしていきたく存じます。

2 参加したくないとのご意見について

 「裁判員制度を理解しているが参加したくない」とのご回答の主な理由は,「参加する自信がない」,「仕事を休むことは難しい」,「身の危険にさらされないか」というものであると考えます。以下それぞれについて意見を申し上げます。

(1) 参加する自信がない(参加する資格・能力がない)

 「人を裁くことはできない」「感情に流されてしまうのではないか」「裁判官と議論することが果たしてできるのか」・・・裁判員としての仕事をする自信や資格,能力がない,というご回答がありました。
 こうした不安やご懸念は,裁判員としての仕事が,大変難しいものと考えられているためのように思われます。しかし,それは誤解です。裁判員としての仕事は,市民の方々が日常行っていることの延長上にあるものです。
 裁判員としての最も重要な仕事の1つは,「事実認定」と呼ばれるもので,刑事裁判にかけられた人(被告人と呼ばれます)が,罪を犯したのかどうか,そのとき何が起こったのかを考え,判断することです。この判断の仕方ですが,実は,市民の方がふだん行っていることと同様です。
 例えば,喧嘩になった友人同士のいざこざを解決しようとするとき,喧嘩の原因は何かを考えることになるでしょう。どちらの友人に問題があったのか,本人たちや,その周りの人から事情を聞いたりするでしょうし,喧嘩のきっかけが私物の貸し借りであれば,その私物を見たりすることもあるでしょう。こうしたいろんな事情を総合して,どちらの言い分が正しいか判断すると思います。
 刑事裁判も同じです。被告人が罪を犯したのかどうかの判断は,いろんな人の言い分を聞いて,事件に関連する物や写真を見て,検察官の言い分が本当かどうかを考える過程なのです。そこで必要なのは,法律ではなく,「普通だったらこうなるな」というその人の社会常識や感覚です。ぜひ,このことをご理解いただきたいと思います。
 裁判官と対等に議論できるのか,不安を感じている方もあるでしょう。しかし,裁判官は評議の中で,裁判員が議論しやすいように議論の進行を工夫されると思います。我々としましても,裁判員が意見をいいやすい評議の進め方について,積極的に提案していきたいと考えています。
 感情に流されるのではないかとの不安もあるかもしれません。しかし,検察官や弁護人は,市民のみなさんの前に証拠を出して見せ,わかりやすく説明し,証拠をもとにして考えていただきたい,と,みなさんを説得するでしょう。裁判員6人,裁判官3人の9人で議論をするのですから,感情だけで結論を出すことはできないと考えます。
 手続の流れや法律については,あらゆる機会に説明されます。この制度が市民のみなさんにお願いしていることは,ご自身がお持ちの社会常識だけを携えて裁判所においでいただくこと。これに尽きるのだと考えます。
 なお,司法への市民参加は,世界80以上の国と地域で実施されております。世界のあらゆる地域で現に行われている制度ですから,日本人もその能力を十分持っており,制度の定着も可能であると考えます。

(2) 仕事を休んで参加することは難しい

 法は,「雇用者は,従業員が裁判員の義務を果たすことを妨害してはならない」と規定しており,雇用者は,裁判員の義務を務めたことを理由に解雇してはならないものとされています。しかし,裁判員となって仕事を休むには,職場の上司のみならず同僚の理解も必要ですし,仕事を休む間の経済的負担の問題など,さまざまな問題が起こります。私たちは,企業に対して制度の理解を広げる広報活動を行う必要があると考えます。また,裁判員が参加しやすい環境整備の一環として,これらの問題を解決していくよりいっそうの法整備が必要と考えています。
 なお,どうしても仕事を休むことができない事情がある場合には,裁判員を辞退することが可能です。

(3) 身の危険にさらされないか

 裁判員の氏名や住所といった個人情報は,法律で,公表を禁止しており,これを公表した者は処罰されることとなっています。また万一,個別の事件で,裁判員の身の危険が予想される場合には,状況に応じて,裁判員の身を守るための手段が取られるものと思われます。なお,法は,裁判員の身の危険があり,裁判員の出頭が難しいと判断される場合には,裁判員裁判ではなく,職業裁判官のみの裁判とすることができるとしております。

3 裁判員制度を作った理由について

 裁判員制度に参加したくないとのお気持ちは,制度そのものに対する疑問から出ています。
 裁判員制度の導入には,さまざまな理由がありますが,ここでは,特に「私たちの社会のルール,私たち自身の自由を守る」という観点から意見を申し上げます。
 刑事裁判は大変重いものです。刑事裁判では,検察官が罪を犯したと考える人を裁判にかけ,有罪となった場合に,刑務所へ行くなどの刑を科せられます。刑事裁判は,ある人の自由を奪う結果をもたらすものです。
 罪を犯した人は,罪を償い,ふたたび罪を犯さないようにしなければなりません。私たちの自由な社会のルール違反者に対しては,二度とルール違反のないように,私たち自身が考えて結論を出す。それは,自分たちの平穏な生活,自由を守っていく過程そのものです。
 一方,刑事裁判にかけられるのは,必ずしも罪を犯した人ばかりではありません。無実であるにもかかわらず,刑事裁判にかけられてしまうこともあるのです。その場合に,裁判の結果を誤ってしまっては重大な結果となります。そこに,私たち自身の目が入ることの重要性があります。
 刑事裁判への参加は,自分たちの自由,平穏な生活を守ることを人任せにしない,自由を自分たちで守るというものです。裁判員裁判の根底には,こうした考え方があると思います。
 医療の現場には,インフォームドコンセントという言葉があります。これまでお医者さんにお任せであった医療が,お医者さんから十分説明を聞き,自分で判断していく医療へと転換してきました。自分自身のことを自分で決定することの重みです。
 刑事裁判についても同じことがいえるのではないかと,私たちは考えています。

 刑事裁判への関与は,大変責任が重いものです。そのため,参加に消極的な意見が多くなるのも,当然のように思います。
 しかし,実際に参加をし,経験をしていただくことによって,その責任の重さと裁判員の任務の重要性をご理解いただけるものと思います。
 日弁連は,2001年,検察審査会の審査員経験者2300人にアンケートを行いました。検察審査会は,無作為に選ばれた市民11人で検察官の不起訴処分を再検討するところです。アンケートの結果は,検察審査会に参加する前は参加に消極的な方が多数であったのに対し,参加後は,参加してよかったとの回答が98%に上りました。
 私たちは,制度施行前から,より多くの市民の方々に,模擬裁判員を体験し,裁判の流れや任務を実感していただけるよう,模擬裁判や模擬評議を各地で企画していきたいと考えています。

 私たちは,裁判員制度導入に向けて,よりよい制度を作るため,また,裁判員の方々が参加しやすい裁判を実現するために,さまざまな取り組みを行っています。
 裁判員制度へのご理解とご協力をお願いいたします。

■今回の「裁判員制度」は、本法人の設立趣旨を踏まえ、法律の建前と市民感覚のかい離が甚だしいテーマについて読者と一緒に掘り下げて考えてみようという企画「皆で考えよう、法の建前と現実」の第3回テーマとして実施されたものです。

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