2005年6月8日、「法、納得!どっとこむ」を運営するNPO法人リーガルセキュリティ倶楽部は、警察庁交通局交通企画課宛に、読者の皆さまからお寄せいただいたご意見とともに「違法駐車取締りの民間委託についての公開質問」を送付いたしました。
これに対し、2005年6月24日に警察庁 交通局交通指導課よりご回答いただきましたので、ご報告を兼ねて以下に掲載いたします。
- 「違法駐車取締りの民間委託についての公開質問」に対する回答(警察庁交通局交通指導課)
- 違法駐車取締りの民間委託についての公開質問
違法駐車の取締り件数は、2004年の累計で、全国で約159万件となっています。違法駐車の反則金は多くの場合1万5000円ですから、取締りによって、年間約240億円の反則金が生じていることになります(警察庁「平成16年中の交通死亡事故の特徴及び道路交通法違反取締り状況について」[PDF])。
2004年6月の道路交通法改正により、2006年6月までに、違法駐車取締りの手続の一部が、新たに民間に委託されることになりました。
なぜ新たに民間委託されることになったのか? それにより取締りの仕組みはどう変わるのか? 民間委託拡大によるメリット・デメリットは何か? 身近な問題だけに、大変気になるところです。
今回は、前回に引き続き道路交通法の分野から、「違法駐車取締りの民間委託」について考えてみましょう。
2004年改正によって、違法駐車取締り手続はどう変わるか?
まず、違法駐車とは何か、そして現在の違法駐車の取締り手続がどのようなものか、確認しておきましょう。
違法駐車の定義
違法駐車とは、「継続的停止」または「放置駐車」を、法定禁止場所(トンネル等)、指定禁止場所(標識・表示)、無余地(3.5メートル以内の余地)で行った場合、また、二重駐車等の方法違反で、あるいは時間制限駐車区間で時間を超過して行った場合などに、「違法駐車」となり、取締りの対象となるのです。
現在の取締り手続と改正後の手続
現在の違法駐車取締りは、実務上、以下のような手順で行われています。
- 区域内の巡回を行い、違法駐車車両を発見する
- 違法駐車の取締りを行っていることについて広報・警告活動を行う。車両に対し移動命令を出す
- 2. を行ったにもかかわらず違法駐車が継続された場合は、1回目のタイヤチェック(チョークで車両の場所、時間等を記録すること)を行う
- 一定時間経過後に、2回目のタイヤチェックを行う
- 違法駐車が継続されている場合はこれを現認し、違反者が現場にいる場合は現場で取締りを告知し、違反切符を作成する。違反者が現場にいない場合は、違法駐車標章を取り付け、移動保管(レッカー移動)または車輪止めの取り付け等の行政措置を行う
- 反則金の徴収手続(違反者の出頭・反則金の納付)へ移行する。違反者が反則金を納付しない場合、または交通切符(赤切符)によって検挙された場合、刑事裁判となる
違法駐車取締り手続は、現在でも、かなりの程度が民間に委託されています。(上記青字の部分)
2004年6月の改正で、これに加え、"放置車両の確認と標章の取り付けの事務"が新たに民間に委託されることになりました(改正道路交通法51条の8第1項)。具体的には、違法駐車車両発見のための巡回、違法駐車車両の確認、カメラによる証拠写真の撮影、違反を確認する標章の取り付け等の業務を、警察職員だけでなく、民間のスタッフが行えることになったのです。これに伴い、2回のタイヤチェックをせず、放置車両を見つけ次第その場で標章を取り付けるという方式が全国一律で採用されることになりました。取締りの公平性・明確性を確保する趣旨です。
これにより、改正後の取締り手続は、以下のようになります。赤字の部分が新たに民間委託される業務です。民間委託の範囲が拡大するとともに、取締り手続が簡略化されたのが分かります。
- 区域内の巡回を行い、違法駐車車両を発見する
- 違法駐車の取締りを行っていることについて広報・警告活動を行う。車両に対し移動命令を出す
- 違法駐車が継続されている場合はこれを現認し、違反者が現場にいる場合は、民間スタッフは確認標章を作成し、違反事実のデータを警察の端末に登録することによって、警察署長へ報告する。警察職員はその場で取締りを告知し、違反切符を作成する。違反者が現場にいない場合は、違法駐車標章を取り付け、移動保管(レッカー移動)または車輪止めの取り付け等の行政措置を行う
- 反則金の徴収手続(違反者の出頭・反則金の納付)へ移行する。違反者が反則金を納付しない場合、または交通切符(赤切符)によって検挙された場合、刑事裁判となる
民間委託の具体的な中身は?
この点については、現在まだ施行への途中段階であることから、明らかでない部分もありますが、おおまかには以下のとおりであるといえます。
民間委託に参入する者
民間委託に参入できるのは、法人に限られます。株式会社、NPO法人等が想定されています。法人の業務の性質等については特に制限はありませんが事実上警備業からの参入が多いのではないかと言われています。
新たに作られる資格――"駐車監視員"
現場での取締まりは、受託法人に所属する"駐車監視員"が行います。駐車監視員は、専用携帯端末、記章の入った帽子、腕章を警察から貸与され、業務を行います。
"駐車監視員"は、民間委託に伴って新たに設けられる"資格"です。この資格を取得するためには、各都道府県公安委員会が開催する資格者講習を受け、終了考査に合格しなければなりません(ただし、警察官等として一定の経歴を有するものは、特別な認定考査のみで簡単に資格を手に入れることができます)。
駐車監視員はみなし公務員となり、駐車監視員の業務を妨害すれば公務執行妨害が適用され、業務上知りえた個人情報を漏洩した場合、秘密漏洩罪に問われます。
受託法人への報酬
監視員の予定活動時間×監視員数(2人以上が一組で活動)を基準に設定された委託金の額となります。あらかじめ指定された区域を、どれだけの時間、どれだけの監視員が巡回するかで委託金の額が決定されるのです。この意味で歩合制ではありません。
なぜ民間委託されるのか?
そもそも、なぜ民間委託の拡大ということになったのでしょうか? その理由について、警察庁はこう述べています。
違法駐車は都市部を中心に常態化し、交通事故や交通渋滞を引き起こすなど、国民生活に著しい弊害をもたらしているところです。(中略)しかしながら、治安情勢が悪化している現状においては、違法駐車の取締りに投入できる警察の執行力には限界があります。
そこで、駐車違反対応業務に要する警察の執行力を十分に確保する仕組みを構築し、良好な駐車秩序の確立を図るとともに、警察事務の合理化を図るため、今回、放置された違法駐車車両があるという事実の確認と事実を確認した旨を記載した標章の取付けを民間に委託できることとされました。(警察庁HP「改正道交法Q&A」より)
つまり、
- これまでの違法駐車対策(駐車場整備、公共輸送への転換等)にもかかわらず、その数が減らないので、取締り数を増加させなければならない
- 悪質な犯罪が増加するにもかかわらず、検挙率が低下している現在、必要事犯に警察の力を注入しなければならない
という要請から、今回の民間委託がなされたとしているのです。
しかし、本当の理由は以下の点にあるのではないかとも言われています。
これから数年の間、団塊世代の警察職員が一斉に定年退職する時期を迎えます。しかしながら現在、警備会社やパチンコ産業といった、退職者の再就職先は飽和状態にあります。そこで、違法駐車の取締りを民間に委託することにより"仕事"を増やし、駐車監視員という"資格"をつくり、元警察官にはこの資格を簡単に取れるようにして退職した警察職員の再就職先を民間に確保する狙いがあるのではないかということです。
民間委託拡大で生じるメリット
民間法人(事実上、株式会社)が業務を遂行すると公務員が遂行するのに比較し、利潤と合理的計算の下に行うように徹底指導されますから取締りの質が高くなる可能性が大いにあります。
今回の民間委託拡大によって駐車違反の取締り件数は、2004年の約159万件から倍増すると言われています(警察庁長官による国会答弁)。これにより違法駐車を原因とする様々な問題(交通渋滞、交通事故、救急車などの緊急車両の通行妨害等)が改善されます。また、倍増すれば、現在240億の反則金が500億近くとなり国庫の収入は確実に増えます。
駐車違反の民間委託拡大によって、それに携わっていた警察職員を悪質な犯罪の捜査に振り分けることにより、低下している犯罪の検挙率を上げ治安状態を良くすることができるともいわれています。
民間委託拡大で生じるデメリット
民間委託の拡大が再就職先の確保のために行われ、一部の法人(事実上、警備会社)が偏って委託を受ける可能性は否定できません。そうなれば、新たな癒着関係の発生が懸念され、大きな問題を発生します。
民間団体に委託することで、違反を摘発するための違反が横行するのではないか、恣意的な取締りがなされるのではないか、と懸念されています。民間団体は営利を追求する傾向にあるため、効率のよい業務、評価につながる業務のみを優先させて行う可能性があります。また、営利を目的とする会社の従業員である駐車監視員が、反抗する者は公務執行妨害罪だという伝家の宝刀を持つことは、市民にとって大きな恐怖となります。
受託法人及び駐車監視員は、警察のように捜査活動を行うことはありません。しかし、駐車監視員は、取締りを行うにあたり、放置車両の撮影や違反データの入力を行い、得られた情報を警察署の端末に登録するという業務を行います。つまり、違反についての個人情報を取り扱うのです。取締りが民間委託されることによって、こういった個人情報が流出しやすくなり、悪用される危険があります。
凶悪犯が増加し、犯罪の検挙率が低下しているのは事実です。しかし、だからといって自分達の仕事の一部を民間に委託するのは、結果の出せない社員が、結果が出ないのは忙しすぎるからだ、だから自分の仕事の一部を肩代わりするアルバイトを雇え、と言っているようなものです。果たして、犯罪の検挙率は上がるのでしょうか。
外国の取締りとの比較
外国では、どうなっているのでしょうか。
例えば、ニューヨーク市においては、違法駐車は非犯罪化されていて、行政制裁金が課せられるにすぎません。取締りは主にニューヨーク市警察が行っていますが、実際の取締りは、警察官ではない交通取締員が行っています。民間委託はされていません。市の人口が約800万人にすぎないにもかかわらず、駐車違反切符の発行数は日本の約6倍の約1,000万枚を発行しています。(警察庁交通企画課「第2回違法駐車問題検討懇談会資料」[PDF]2003年4月25日)
ロンドンにおいては、駐車取締りは警察と、区(自治体)の民間委託の二本立てになっています。ロンドンの人口は約700万人、違反切符の発行は日本の2.3倍程度の約400万枚となっています。民間委託された取締りでは、暴言、脅迫、暴行等のトラブルが日常的であり、駐車切符の35%が支払われないという状態にあるようです。
車が普及し、都市の道路を埋め尽くすようになってから、ほんの数十年しかたっていません。交通秩序の確立への道のりはまだ遠く、様々な問題が待ち受けています。
今回の民間委託の拡大は、正しい方向といえるのでしょうか? 民間委託が最善の方法だったのでしょうか? 他の対策を尽くしたといえるのでしょうか? 民間委託で懸念される点は解消できるのでしょうか? 今回の法改正に潜む問題点を、是非みなさんに考えていただきたいと思います。
- 違法駐車取締りの民間委託について「法、納得!どっとこむ」に寄せられた意見を読む(2005年4月19日~5月31日)
- 違法駐車取締りの民間委託についての公開質問(2005年6月8日)
- 「違法駐車取締りの民間委託についての公開質問」に対する回答(2005年6月24日)