一、はじめに
先日、富山県の市民病院で、医師が延命治療を中止する意図で、患者の人工呼吸器を外して死亡させるという事件がありました。同医師は、患者自身の同意を得ずに、家族の同意を得るのみで人工呼吸器を外しています。死亡した患者は、意識がなく回復の見込みのない状態でした。これからの高齢化社会の中で、終末医療の問題としてこのような事例はますます増えてくると思われます。
二、なぜ問題となっているのか
医師が末期患者の人工呼吸器を外して延命治療行為を中止し、患者を死亡させた場合、患者本人の同意なく死亡させていることから、同医師の行為は刑法199条の「殺人罪」に問われることが考えられます。仮に、家族の同意が有効であると考えても、同医師の行為は、刑法202条の「嘱託殺人罪」に問われることが考えられます。しかし、同医師の行為が違法ではないと認められれば、刑事責任を問われないことになります。この医師の行為が違法かどうかの問題として、尊厳死を認めるかどうか議論されているわけです。
三、尊厳死についてのわが国の事例
- 尊厳死とは、回復の見込みのない末期状態の患者に対し、生命維持治療を不開始もしくは中止し、自然の死を迎えさせることをいいます。
- 尊厳死が問題となった事件のうち、代表的な判例として、東海大事件があります。これは医師が長男の懇願に応じて、余命が数日であった末期ガン患者に対し、治療行為を中止し、さらに劇薬の塩化カリウムを投与し死亡させた事案において、横浜地裁は、治療行為を中止した行為を尊厳死として適法な医療行為とはいえないとし、医師に対して懲役二年、執行猶予二年の判決を下しました(平成7年3月28日)。
- 人工呼吸器を外して患者が死亡した最近の例としては、(1) 2003年5月、滋賀県東近江市の病院で看護助手が患者の人工呼吸器を外して死亡させた事案(看護助手は殺人罪で実刑判決)、(2) 2004年2月、北海道羽幌町の道立病院で、食事をのどに詰まらせた患者を医師が脳死状態と判断し、親族の同意を得た上で人工呼吸器を外した事例、(3) 2004年8月、神奈川県相模原市において、筋萎縮性側索硬化症(ALS)で自宅療養中の患者に対して、同患者の母親が人工呼吸器を止め死亡させた事例、(4) 2005年3月、広島県福山市の病院に肺炎などのために入院していた患者の人工呼吸器を同病院の院長が外し、死亡させた事例などがあります。
四、米国の尊厳死について
急性薬物中毒で昏睡状態に陥った後、人工呼吸器につながれ植物状態となったカレン・クインラン(当時21歳)について、彼女の父親は人工呼吸器を取り外し安らかに死なせたいとしたが、医師がこれを拒否、延命を主張したため、裁判となった事例において、1976年3月、ニュージャージー州最高裁は、彼女の両親に対し、1年近くも植物状態にあった彼女の人工呼吸を外してよいという判決を下しました。これは「死ぬ権利」を認めた初のケースです。同年、カリフォルニア州議会では「自然死法(リビング・ウィル法)」を可決し、生前の意思表示により尊厳死を選ぶ権利が法律で保障され、患者の延命治療をやめた医師の責任も一切問われないことになりました。それ以降、尊厳死運動は全米的に広がり、連邦政府も各州の法律を裏打ちする「自己決定権法」を 1991年に制定したものの、1995年4月連邦最高裁は「米国憲法は、死ぬ権利を保障していない」との憲法判断を示し、医師の行き過ぎた自殺幇助に歯止めをかけています。
五、尊厳死の問題点
- 尊厳死を認めるかどうかについて、人間の生命をコントロールすることは許されるのかという問題があります。これは、「死の意味」という哲学的・宗教的なものをいかに捉えるかという非常に難解な問題です。また、尊厳死を患者の自己決定権として認めることができるかという問題でもあります。同時に、意識がなく回復の見込みのない患者を看病しつづけなければならない家族の重い負担をどうするのかという問題もあります。
- 尊厳死を認めるとした場合、本人の同意を必要とするのか、親族の同意のみで認めるのかが問題となります。
本人の同意を必要とすれば、(1) 意識不明など本人が意思表示できないときには尊厳死が認められないことになります。次に、(2) 本人の事前の同意を要件としても、その同意の有効期限が問題となります。なぜなら、同意の時期と死期との間に本人の意思が変わることがあるからです。また、(3) 本人の同意が真意なされたものかどうかも問題となります。自暴自棄になった本人の同意が有効であるとは考えるべきではないからです。さらに、(4) わが国では、患者自身が自己の病状を「知る権利」と医療情報のアクセス方法が確立されていません。尊厳死の基礎になるインフォームドコンセント(医師の情報開示と患者の同意)を確立する必要があります。他方、家族の同意のみで認めるとした場合、(5) そもそも本人以外の者が死の決定をできるのかという問題があります。例えば、意思表示できない本人が尊厳死を望まないときに家族が同意をした場合において、延命治療行為を中止して良いのかという問題です。
人の生命にかかわる非常に重い問題ではありますが、皆さまの率直な意見を聞かせて下さい。尊厳死を「認める」とした場合どのような要件が必要かどうかも書いてください。
あなたは尊厳死を認めるべきだと思いますか。