一、首相公選制とは何か - なぜ問題となるのか
2006年9月、小泉首相の任期が満了し、5年半もの長期に及んだ小泉内閣が終了します。それに伴い、次期首相が選任されます。次期首相候補についてマスコミが盛んに報道し、話題になっているのは御存知の通りです。
わが国の首相は、日本国内においては行政の長であり、対外的にはわが国の代表です。このことは、国民の生活を左右する重要な政策の採否と外国に対する日本国の針路の決定が行政府の長である首相に委ねられていることを意味しています。しかし、わが国では、その首相を国民が直接選任することはできません。そのため、国民の意思とはかけ離れた者が首相に選任されることもあり得ます。そこで、このような状態を改善するため、国民投票によって首相を選任するという「首相公選制」を採用すべきではないかという意見が唱えられています。
「首相公選制」を採用すれば、国民が直接投票するため、国民の意思がそのまま首相の選任に反映されることになります。同時に、「首相公選制」を採用するにあたっては、直接国民が首相を選ぶわけですから各候補者が思い描く政策内容を国民に公開し、国民は人気投票によることなく、その政策内容を吟味し、自己の意思の表明として投票をする判断能力が必要になります。
そこで、今回は、首相公選制について、皆様と一緒に考えてみたいと思います。
二、わが国の憲法上はどうなっているのか
わが国の憲法は、議院内閣制を採用しているため、内閣総理大臣は国会議員の中から、国会の議決によって指名されます(憲法67条1項)。議院内閣制とは、議会と政府(内閣)は分立してはいるが、政府(内閣)は議会の信任に拠って存在する制度です。国民は、国会議員を投票によって選任し、その国会議員の議決によって、内閣総理大臣が指名されます。これを形式的にみると、間接的にではありますが、国民の意思が反映されたものといえます。しかし、実質的にみると、その時々の与党の最大派閥は内閣総理大臣の支持基盤として大きな力を有するために、政党内閣制の名の下に、国民の意思とはかけ離れた内閣総理大臣が選任されるおそれも生じます
三、大統領制とは何か
首相公選制を考える上で参考になるのは、海外で採用されている大統領制です。大統領制とは、議会から独立した地位にある大統領が行政府の長となる政治制度のことです。アメリカ、ブラジル、メキシコ、インドネシアなどが大統領制を採用しています。
大統領制とわが国の議院内閣制の大きな違いは、政府と議会が完全に独立しているかどうかにあります。アメリカの大統領制の場合、大統領は議員たる地位を有せず、議会から完全に独立しているため、身分保障と強力な権限を付与されています。一方で、議会は大統領に対する不信任案を提出する権限がありません。大統領を解職することができるのは、弾劾裁判にかけて有罪になった場合のみです。他方、大統領も議会を解散させる権限はありませんが、大統領は議会の可決した法案を拒否する権限を有しています。
これに対して、議員内閣制では、首相は国家の主導者であると同時に議員たる資格も有しています。政府(内閣)は、その権限の行使について、国会に対して連帯責任を負います(憲法66条3項)。また、議会は、内閣に対する不信任決議をすることができます(憲法69条)が、内閣に対する不信任決議が可決されると、内閣は、10日以内に衆議院を解散しない限り、総辞職しなければなりません(同条)。また、首相には、法案拒否権は認められていません。
四、地方公共団体の長の選出
わが国でも、地方公共団体の長である知事は、地方住民の直接選挙によって選出され(憲法93条2項)、住民に対して直接的な責任を負います。知事と地方議会が対等の関係に立ち、相互に独立して、両者の関係の調和を図りながら活動を行うことになります。この意味では、地方公共団体の長と議会の関係は議員内閣制ではなく、大統領制に近い制度だと言えます。このような制度を採用することで、地方行政の安定を図ることができます。すなわち、知事が次期選挙で当選するためには、住民の意向に沿った活動をしなければならないため、住民の意見を無視した行政活動を阻止する効果があるのです。しかし、知事と地方議会は対等な関係にあるため、両者が対立したときは、行政の停滞を招くおそれがあります。
五、国民にとってどちらが望ましいのでしょう
首相公選制を採用すれば、国民が首相を直接選任することになるので、政府(内閣)に、国民の意思を反映した行政活動をさせることが期待できます。さらに、首相も国民の賛同を背景にして、強いリーダーシップを発揮し、大胆な政策展開を推し進めることができます。一方、わが国の内閣総理大臣は頻繁に交代するので、大胆な政策展開ができないという指摘もあります。例えば、平成の歴代内閣総理大臣の在職日数は、小泉内閣総理大臣を除いて、もっとも長い橋本内閣総理大臣でも932日にすぎず、羽田孜内閣総理大臣に至っては64日にすぎません。在職日数の平均は、約480日にしかならず、このような短期間では、重要な政策の立案と遂行を成しとげること不可能であると考えられます。
もし、わが国で首相公選制を採用しようとすれば、様々な問題が生じます。手続き的な問題として、まず内閣総理大臣の選任方法を定めた憲法の規定を改正する必要があります。憲法を改正するためには、各議院の総議員の3分の2の承認と国民の過半数の賛成を得るという厳格な手続を要します(憲法96条1項)。次に、首相公選制を採用する場合、その制度を、アメリカの大統領制のような徹底した三権分立型にするのか、議院内閣制のような政府(内閣)と議会の相互関係を維持していくのかを考える必要があります。また、首相公選制の下で、首相の権限をどこまで強化するのかという問題も生じます。
また、首相公選制に伴う実質的な問題としては、首相の権限が大きくなるため、首相による独裁政治が行われる危険性があります。また、首相公選制を採用すると、首相は、国民の多数決によって選出されることになりその結果、少数派が多数派に飲み込まれ、少数派の意見を反映させることができなくなるおそれもあります。さらに、議会と首相が対立した場合は行政の停滞を招き、国民にとって著しい損害が発生する可能性があることも否めません。
さて、あなたはどう考えますか。アンケートにお答えいただき、意見も書き込んで下さい。
- 現在のように首相は国会の議決によって選ばれる方がよい。
- 現在のような選びかたを改め、国民が直接、首相を選べるようにした方がよい。