1、なぜ憲法九条の改正が問題となっているのでしょうか
従来から自民党を中心に憲法の改正が問題となってきましたが、先日成立した阿部内閣は、5年以内に憲法改正を目指すことをその政策目標として掲げました。いよいよ憲法改正が現実味を帯びてきました。
この憲法の施行から60年―――― その特異な成立の過程はともかく、イラク戦争や北朝鮮の脅威に代表される国際情勢の大きな変化の中で、国民の意識も揺らいでいるのではないかと思われます。
憲法九条をめぐっては、安保条約や集団的自衛権、国連軍への参加等いろいろな問題がありますが、今回は「憲法九条を改正して軍隊を保持すること」に絞って皆さんとともに考えてみたいと思います。
2、憲法九条とその意義
憲法九条は次のように定めています。
- 1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
- 2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
わが国の憲法は、第二次世界大戦の悲惨な体験を踏まえ、戦争についての深い反省に基づいて、平和主義を日本国憲法の重要な基本原理として採用し、戦争と戦力の放棄を宣言しました。
この憲法九条は次の三点を明確に打ち出しています。
第1は、侵略戦争を含めた一切の戦争と武力の行使及び武力による威嚇の放棄です。
第2は、それを徹底するために戦力の不保持の宣言です。
第3は、国の交戦権を否認したことです。
これは、世界に比類のない徹底した戦争否定と平和主義の採用です。
3、しかし現実には、この九条の文言に反するような政策がとられてきました。
- 昭和25年、朝鮮戦争の勃発を機に、時の政府はアメリカの要求で75,000人の警察予備隊を創設しました。憲法九条との関係では、そこにいう戦力とは「警察力を超える実行部隊」をいうのであって、警察予備隊は警察を補うものであるから憲法に違反しない、と政府は説明しました。
- 昭和27年、警察予備隊を保安隊に改組、増強しました。この時は、九条にいう戦力とは近代戦争に役立つ程度の装備、編成を備えたものをいうが、保安隊はこれにあたらない、と説明してきました。
- 昭和29年に締結された日米相互防衛援助協定に基づき日本は、防衛力を増強する義務を負い、その結果自衛隊が創設されました。政府は、憲法九条の下でも、国の自衛権は認められるし、自衛のための必要最小限度の実力は、憲法で禁止する戦力にはあたらない、と言ってきました。
4、この自衛隊が憲法九条の戦力にあたり憲法違反でないか、は裁判所でも争われました。
- 自衛隊の演習騒音に悩まされた被告人が自衛隊の基地内の演習用電線を切断し起訴されたいわゆる恵庭事件で、被告人が自衛隊の合憲性を争ったにも拘らず、裁判所は法律を厳格に解釈して被告人を無罪とし、無罪とした以上憲法判断をすべきではない、として合憲かどうかの判断を回避しました。
- 防衛庁がある町の山林にミサイル基地を建設しようとしたところ、それに反対する地元住民が、基地建設のために保安林の指定を解除した処分の取消を求めて争ったいわゆる長沼事件では、自衛隊が憲法九条の戦力に該当するかどうかの問題は「統治行為」に属し、原則的に司法審査の対象外にある、としました。
結局、裁判所はこの問題について判断することは避けてきています。
5、同じ敗戦国であるドイツとイタリアはどうなっているか
- ドイツでも、日本と同じく、連合軍の占領下で戦争放棄を掲げたボン基本法が誕生しました。同法旧26条は、「諸国民の平和的共同生活を妨げ、特に侵略戦争の遂行を準備するのに役立ち、かつ、そのような意図をもってなされる行為は違憲である。このような行為はこれを処罰するものとする」と規定していました。もっとも、この規定をみると、侵略戦争は禁じていますが、自衛戦争自体は否定されていません。また、戦力(軍隊)を放棄する旨の文言も存在しません。さらに、同法旧4条3項は、「何人も、その良心に反して、武器を持ってする軍務を強制されてはならない。詳細は連邦法律でこれを規律する」と規定し、同法旧24条2項では、「連邦は平和を維持するため、相互集団安全保障制度に加入することができる」と規定しています。これらの規定からすると、将来戦力を持つことが予定されていたと考えられます。実際、ドイツは、基本法を改正して、自衛軍を創設し、防衛上の緊急事態に自衛軍を出動させることができるようにしました。
- イタリアの共和国憲法にも戦争放棄の条項があります。同法第11条は、「イタリアは他の人民の自由を侵害する手段および国際紛争を解決する方法としての戦争を否認する。イタリアは、他国と等しい条件の下で、各国の間に平和と正義を確保する制度に必要な主権の制限に同意する。イタリアは、この目的をめざす国際組織を推進し、助成する」と規定しています。しかし、ドイツと同じく、戦力の保持を禁止する規定が存在しません。そのため、イタリアは、軍隊を保持し徴兵制度を採用しています。
これに対して、日本は、憲法九条において、戦争放棄だけでなく、交戦権の否定・戦力の不保持をも規定しています。日本は、憲法制定当初から将来にわたって軍隊の創設・保持を予定していなかったといえます。日本が軍隊を保持するためには、憲法を改正することが必要である、ということになります。
6、国際情勢の変化と改正の動き
日本国憲法については、極めて早い時期から、この憲法はアメリカから押しつけられたものであるから独立した国家として自主憲法を制定すべきだ、という意見がありました。その「押し付けた」アメリカでさえも、朝鮮戦争を初めとする東西の対立という世界情勢を予測できず、憲法施行の3年後には、警察予備隊の創設を要求し、その後も日本の防衛力の増強を要求しています。日本の憲法に戦争放棄、戦力の不保持の九条をいれたことは、大きな失敗だと考えていることでしょう。増強された自衛隊は今や世界的に見ても大きな兵力をもち、それを前提に、自衛隊法やMSA協定、新安保条約、PKO協力法、有事法制、イラク支援特別措置等々、さまざまな既成事実化が進んできました。加えて、隣国からミサイルが飛んできたり、核実験が実施されるような時代においては、国民の意識も変わらざるを得ない、とも言えるでしょう。
しかし、他方で日本及び日本国民は「恒久の平和を念願し、人類相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚し、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(憲法前文第2項)ので、世界に例のない、まさに理想郷である徹底した平和主義を宣言したのです。このような世界に誇れる憲法をもち、例え弱腰だと言われてきても戦後60年、一貫して他国と戦わない、二度と戦争を起こさないという姿勢を貫き通してきたことは、我々、日本人が誇りに思ってよいことでしょう。また、このような憲法があるからこそ、現実の政治に対して大きなブレーキになっているのではないでしょうか。この九条を改正し、軍隊の存在を憲法が承認したのなら、その先には戦争の大きな危険と徴兵制の復活が待ちうけているだけだ、と反対論者は考えます。
さて、「憲法九条を改正し、軍隊を保持すること」にあなたはどう考えますか。
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