1.ホワイトカラーエグゼンプション?
一定の条件を満たすホワイトカラーの会社員を労働時間規制からはずす、ホワイトカラーエグゼンプションの導入が議論されてきました。
2007年1月16日、政府・与党は、現行の労働基準法を改正しホワイトカラーエグゼンプションを導入する法案を、同月25日からの通常国会には提出しない方針を決定しました。安倍首相は、記者団に「現段階で国民の理解が得られているとは思えない」と述べています(asahi.com2007年1月16日)。
しかし、これで完全に廃案となったわけではありません。
今回、法案提出が見送られた背景には、与党内から夏の参議院選挙への影響を懸念する声があったことが指摘されています。1月21日の柳沢厚生労働大臣の委員会答弁は、法案の秋の臨時国会への提出を否定したうえで、内容を抜本的に見直す考えを示したものと報道されています(Yahoo!ニュース2007年2月21日配信 毎日新聞)。
今後、ホワイトカラーエグゼンプションを導入する法案は、再び、姿を変えて現れるかもしれません。今回は、この問題について考えてみましょう。
2.厚生労働省の示した改正案
ホワイトカラーエグゼンプションとは、いわゆるホワイトカラー労働者に対する労働時間規制の適用を免除するという制度です。労働時間という概念をなくし、純粋に成果に応じた賃金を支払う仕組みです。
では、わが国で導入が検討されてきた制度は、具体的にはどのようなものでしょうか。
- 法案では、この制度を「自己管理型労働制」と呼び、対象となる労働者については、「労働時間、休憩、時間外および休日の労働」および「時間外、休日及び深夜の割増賃金」に関する規定は適用しないと規定しています。
現行の労働基準法では、労働時間については、原則として、1日8時間、1週40時間以内とされ(法32条)、法37条は、時間外等の割増賃金について規定しています。
改正案によると、対象となる労働者にはこれらの規定が全て適用されなくなるわけです。1日8時間の労働時間の規制がなくなり、残業や休日出勤の割増賃金が一切支払われなくなることを意味します。「残業代ゼロ法案」あるいは「残業代ピンハネ法案」と批判される理由はここにあります。 - 問題は、対象となる労働者の範囲です。法案では、以下のように列挙されています。最も注目されたのは、最後の年収の要件でした。
- 労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者
- 業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者
- 業務遂行の手段及び時間配分等の決定に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者
- 年収が相当程度高い者
経済界の主張は、年収400万円以上でした。厚生労働省は、800万円から900万円程度で調整していたようです。国税庁の調査では、年収400万円以上の民間労働者は全雇用者の約40パーセント、900万円以上は5%程度とされています。5%の労働者にさらに法案の他の要件をあてはめると、対象者は数パーセント程度との見通しです(日経新聞2006年12月6日朝刊)。
3.導入の必要性
法案については、労働組合側から多くの批判が寄せられています。この制度が導入されると、「残業代が支払われなくなる、企業が残業代を節約したいだけだ」あるいは、「長時間労働が助長され、その結果、過労死が増える」というものです。
導入の必要性について検討してみましょう。
- 1.導入を肯定する意見
2005年6月21日、日本経済団体連合会が「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」を発表しました。提言では、労働時間規制適用除外の根拠として、ホワイトカラーの希望する「労働時間にとらわれない自由な働き方」に対応する必要性が挙げられています。
この提言をうけ、厚生労働省の労働政策審議会は2006年6月の報告書で、成果主義労働者は「労働時間の規制から外されることにより、より自由で弾力的に働くことができ、自らの能力をより発揮できる」として、適用除外の根拠を示しています。
- 2.検討
現代社会においては、職種の性質に応じて多様な勤務形態が求められていることも事実です。専門性の高い職種に限定して「みなし労働時間」を設定する裁量労働制が導入されたこともその現われといえます。
しかし、なぜ現行の裁量労働性の枠内の対応では不十分なのか。仮に新しい制度を導入するとしても、なぜ、裁量労働制においては支払われている深夜の割増賃金までもが支払われなくなるのか。「自由な働き方」による説明は、これらの点について十分説明しているとは思えません。
こうしてみると、ホワイトカラーエグゼンプションの導入には何か別の力が働いているようにも感じられます。
ホワイトカラーエグゼンプションは、米国で1838年に導入された制度です。一部報道では、安倍政権が米国より導入をせまられたとも指摘しています。以下では、米国を中心に外国の制度と比較してみましょう。
4.導入の可否―外国の制度との比較を通して
米国では、日本と異なり、法定(上限)労働時間は規定されず、1週につき40時間を越えて働かせる場合には、割増賃金を支払う必要があると定められています。この割増賃金規定の適用を除外するための要件として、ホワイトカラーの労働者について俸給要件と職務要件が規定されています。2004年に制定された新規則のもとでは、俸給は原則として週455ドル以上とされています。職務要件は、管理職・運営職・専門職に分類して規定されています。例えば管理職の場合には「他の従業員の採用、解雇権を有していること」のように、さらにいくつかの要件が規定されています。
欧州でも、ホワイトカラーエグゼンプションが導入されている国々があります。例えば、ドイツ、フランス等では、日本と同じように、法定労働時間が規定されており、その規制の適用を除外するための要件として、「管理職」等が規定されています。
外国の制度を評して、ドイツやフランスでは適用除外の範囲が相当限定されているが、アメリカでは相当広いといわれています。また、ドイツ、フランスでは、管理職の過重労働からくるストレスの問題が指摘されているが、アメリカも含めホワイトカラー労働者の過労死、過労自殺が大きな問題として注目されるには至っていない、と報告されています(独立行政法人 労働政策研究・研修機構「諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間法制に関する調査研究」)。
しかし、外国における制度の運用状況を、そのまま日本における制度導入の議論に持ち込むことには注意が必要です。労働環境等の労働事情が異なるからです。例えば、休暇の取得状況についても、長期のバカンスを取得する労働者の多いフランスやドイツとは比較になりません。あるいは、米国の場合、過重労働を強いる会社からは退職して転職するというように、転職のしやすさが日本の場合と異なることも忘れてはなりません。
導入の可否を考える場合、残業代ゼロの問題に加え、長時間労働による健康被害への配慮が不可欠のものとなるでしょう。
さて、皆さんはどのように考えますか?
アンケートにお答えいただき、ご意見をきかせて下さい。
- ホワイトカラーエグゼンプションの導入について、
- 反対する
- 年収900万円以上の要件で、賛成する
- 年収400万円以上の要件で、賛成する