1.はじめに
2007年4月5日、熊本市は、同市内の慈恵病院が申請していた「赤ちゃんポスト」の設置を許可しました。「赤ちゃんポスト」は、いろいろな事情から親が育てられなくなった新生児を匿名で受け入れるものです。同病院では、ポストを「こうのとりのゆりかご」と呼んでいます。
赤ちゃんポストの設置については賛否両論ありますが、熊本市も、昨年12月の申請以来、判断を留保して厚生労働省等と協議してきました。同市の市長も、「使われないことがベスト」と記者会見で述べており、難しい判断であったことがうかがわれます。
今回は、この「赤ちゃんポスト」について考えてみましょう。
2.赤ちゃんポストとは
- 12世紀にイタリアの養育施設で作られたのが始まりとされ、その後、ヨーロッパ各地の修道院や教会などが、捨てられた子供を保護してきました。現代では、ドイツで2000年にNPO法人によって設置され、福祉団体や公私立病院など同国内で約70箇所に増えているそうです(Wikipedia 参照)。
- 日本では、今回の熊本市の慈恵病院が初めてのケースとなります。同病院の外壁に45cm×60cm大の窓口がつくられ、内部の保育器に赤ちゃんが置かれると、重みでセンサーが作動し、病院の新生児室に知らせるものです。スタッフが24時間態勢で待機し、保護にあたります。保育器は36~37度に保温され、赤ちゃんの様子はモニター画面に映し出されます。
- 預けられた新生児は、親が名乗り出ない場合には、戸籍法上「棄児」となり、病院は24時間以内に児童相談所や警察、市に連絡します。2週間以内に市長が名前を付けて戸籍が作成されます(戸籍法57条)。乳児院で2-3歳まで保護され、児童擁護施設や里親に引き継がれます。
親がすぐに名乗り出た場合には、病院が相談にのります。実名を名乗れば特別養子縁組の道も残されています。親が将来引取りを希望すれば、乳児院で一時保護することも可能です。
3.問題点
赤ちゃんポストの設置をめぐっては、「救える命があるなら救いたい」という切実な声がある反面、子供を置いていくことに対する疑問の声もあります。ポスト設置により、子供を捨てることや育児放棄を助長するのではないかというものです。
また、匿名性ゆえに、自らの出生を知るという子供の権利を侵害するのではないかという指摘もあります。
刑法上は、保護責任者遺棄罪(刑法218条)が問題となります。同罪では、親などの保護責任者が乳児等保護を必要とする者を遺棄する行為が処罰されますが、乳児等の生命・身体に危険が生じない場合には同罪は成立しません。警察の門前などに乳児を置き、拾い上げられるのを見届けて立去るような場合です。赤ちゃんポストについては、法務省が、「確実に安全なら(同法に)抵触しないが、具体的事例をみなければわからない」との考えを示しています。
行政機関に相談しないままポストに赤ちゃんを預けることが、児童福祉法に反しないかという問題もあります。厚生労働省は、児童福祉法等との関係について、「設置自体は現行法に違反しているとはいえない」と、一応容認する見解を示しています。ただ、今回は安全に配慮した病院からの申請であり、すべてにあてはまるわけではないと強調しています。
安倍首相は、「匿名で子供を置いていけるものをつくるのがいいのかどうか、大変抵抗を感じる」と懸念を示しています。
4. 対策と展望
以上のような問題点をふまえ、熊本市は、病院の申請を許可するに際し、以下の留意事項を提示しました。
- 構造上及び運用上、子供の安全性を確保すること
- 保護者が相談しやすい体制を確保すること
- 公的相談機関等との連携
熊本市は、妊婦からの電話相談を24時間態勢に拡大することを決めるなど対策を強化しています。
慈恵病院も、「赤ちゃんを預かるのが目的ではなく、相談してもらうきっかけにするのが狙い」として、相談態勢を強化する予定です。ポスト横には児童相談所の連絡先などが掲示され、保育器のそばには「もう一度、赤ちゃんを引き取りたいときは、信頼して、いつでもご連絡ください」とのメッセージが添えられる予定です。
匿名性の問題については、事前に相談できる「新生児相談室」を病院内に設け、氏名を明かしてもらえるよう働きかけるとしています。ただ、匿名で利用できることにより救済できる場合もあるとして、匿名性は排除していません。
捨て子が増えるのではないかという懸念に対しては、同病院理事長は、「赤ちゃんポストを導入しているドイツでは増えていない」と反論したうえで、赤ちゃんの命の大切さを強調しています。また、赤ちゃんを預ける母親の悩み、苦しみにも言及し、「ここに相談したら助けてくれる、という思いを持ってもらえるよう運営していきたい」と述べています。
厚生労働省によると、捨て子の相談数は年間200件前後とされています。2004年に虐待で死亡した子供58人のうち、7人は母親が自宅等で産んで数日後に命を奪われたケースでした(2006年11月29日読売新聞)。慈恵病院理事長も「実情を知っていただかなくてはならない」と述べています。
豊かな現代になって、ドイツで赤ちゃんポストが作られ、日本でも深刻な問題として議論されているのは、背後に、経済的な問題を生み出す格差社会という現実があるのかもしれません。あるいは、誰にも相談できずに出産を迎える孤独な母親が増えているのかもしれません。また、児童虐待の増加と同様、子に対する親の意識の変化とも関係があるのかもしれません。(ちなみに、2005年の人口妊娠中絶数は、全国で約29万件です。10年前と比較すると総数では約5万件減っていますが、年代別では、10代の中絶件数が大幅に増加しています。)赤ちゃんが生を受けて生まれた場合には、人口妊娠中絶について議論をする場合にもまして、赤ちゃんの生きる権利が尊重されなくてはなりません。
赤ちゃんポストの先進国であるドイツでも、今なお賛否が分かれています。乳児殺しが多く赤ちゃんの命を助ける必要性が指摘されている反面、赤ちゃんポストの導入により堕胎や乳児殺しは減っていないとの反論もあります。
計画が発表されて以来、妊婦から20件以上の相談が病院にあったそうです。全員が匿名もしくは偽名を使っていたとのことです。深刻な状況下にある母親が相談できる公的窓口が不足しているという実情が現れています。設置を支持する見解は、「ポストがあれば、『育てられない』と追い詰められた母親も、あとで冷静になれる。誰にも言えずに悩んでいる母親や子供を助けられる」と指摘しています(2007年2月23日Sankei WEB)。
赤ちゃんの命の問題は、赤ちゃんポストのみで解決できるものではなく、国をはじめとする公的機関や社会との連携が必要とされるでしょう。西日本新聞のインタビューに答えた熊本市長は、「子供の命を救う、健やかな成長をはぐくむということは、社会全体で取り組むべき課題なのに、これまで有効な手だては講じられてこなかった」と思いを語っています。
4月12日、慈恵病院では赤ちゃんポスト設置の工事が始まりました。保健所の検査を受けた後、5月半ばころ運用開始の見通しです。
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