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危険運転致死傷罪について

一、はじめに

2006年8月に福岡市東区で幼児3人が死亡した飲酒運転事故で、危険運転致死罪道路交通法違反(ひき逃げ)の罪に問われ、懲役25年を求刑されていた元同市職員・今林大被告(23)の判決が、今年の1月8日、福岡地裁でありました。判決は、危険運転致死罪の成立を否定したうえで、予備的に追加された業務上過失致死罪と道路交通法違反(ひき逃げ)を適用し、両者の組み合わせでは最高刑に当たる懲役7年6カ月を言い渡しました。
この判決に対して、マスコミや一般国民から多くの批判がなされています。これは、飲酒運転の事故で幼児を3人も死亡させ、しかもひき逃げであるという、行為の悪質さから危険運転致死傷罪を適用し、厳しい刑をもってのぞむべきだった、という国民感情が背景になっているからだ、と思います。
このように、今回の判決は国民の感情と異なった判断がなされたと一般に評価されています。そこで、今回は、福岡地裁判決や様々な意見を踏まえて、この事案に危険運転致死罪が適用されるべきだったかを皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

二、危険運転致死罪とは

従来、交通死亡事故については、業務上過失致死罪刑法211条1項)が適用されていました。同罪の最高刑は懲役5年です。しかし、近年、飲酒運転など交通ルールを無視した悪質無謀な運転によって重大な事故が発生することが後を絶たず、被害者やその遺族を初め広く国民から「刑が軽すぎる」という批判が多くなされたことから、平成13年に危険運転致死罪(刑法208条の2第1項)が設けられました。
同罪が成立すれば「1年以上の有期懲役」に処せられ、最高で20年の刑まで言い渡すことができます(刑法12条)。なお、同罪に併せて、道路交通法違反(ひき逃げ:72条1項、117条1項)も成立すると、その最高刑5年を加えた懲役25年が最長になります(刑法47条但書)。
危険運転致死罪が適用されるためには、(1)アルコール又は薬物の影響により、(2)正常な運転が困難な状態で、(3)四輪以上の自動車を走行させたことによって、(4)人を死亡させたこと、(5)正常な運転が困難な状態を認識すること(故意)が必要になります。

三、福岡地裁が下した判決

福岡地裁は、なぜ危険運転致死罪を適用しなかったのでしょうか。マスコミの報道などによれば、「正常な運転が困難な状態で」(上記(2)の要件)が認められないから、危険運転致死罪は適用できないという判断に至ったとしています。
具体的には、酒に酔った状態で運転していることは認められるが、科学的には酒気帯びの範囲にとどまること、事故前の、事故現場にいたる被告人の運転では、蛇行運転や居眠りがなく、湾曲した道や狭路でも衝突事故はなかったことなどから、被告人は「正常な運転が困難な状態」ではなかったとされたのです。

四、なぜ判決が不当だと感じるのでしょうか

「飲酒運転をすること自体が悪質である」という世論からすると、飲酒運転によって交通事故を起こし3名の幼い命を奪ったことはさらに重大な犯罪行為であると考えるのが、国民の一般的な評価であるといえます。おまけに、公務員である被告人は被害者の救済措置もとらずに逃げています。このような重大な犯罪行為には重い刑罰をもって処断すべきであり、危険運転致死罪を適用すべきである、と考えるのが国民感情に合致した結論といえます。危険運転致死罪が、被害者やその遺族を初め広く国民一般の感情に配慮して設けられた規定であることからすると、国民感情から乖離した判断によって適用を否定するのは、この法律が設けられた趣旨に反している、といえます。
そうであるならば、「正常な運転が困難な状態」という要件を緩やかに解し、危険運転致死罪を適用すべきであったのに、適用しなかった福岡地裁の判断は、国民感情と乖離した不当な判決であるといえます。

五、判決を正当とする考え方

これに対し、判決を正当とする考えによれば、業務上過失致死傷罪の上限が5年の懲役である(211条)のに対し、危険運転致死傷罪の上限は20年の懲役である(208条12、12条)から、その要件は厳格に解さなければならないとし、「正常な運転が困難な状態」とは、「正常な運転ができないおそれがある状態」(道交法117条12、65条)とは異なり、前方注視や運転操作が困難な心身の状態をいうと解されています。本件の被告人は事故前に蛇行運転や居眠りがなく、湾曲した道や狭路での衝突事故もなかった、という状況からすると、「運転操作が困難な」状態ではなかったと言えそうです。
さらに、危険運転致死罪の最高刑が20年であることからすると、同罪は殺人(刑法199条)とまではいえませんが、それに匹敵する重大な犯罪であるといえます。しかし、危険運転致死罪は、人を故意に殺害しようと思って犯した罪ではありません。にもかかわらず、殺人に匹敵する刑罰に処せられる同罪の適用には慎重にならなければならないという価値判断もあります。
このように考えると、危険運転致死罪の適用に慎重であった福岡地裁の判決は正当であったとも言えるかもしれません。

六、危険運転致死傷罪を適用すべきか

では、今回の事件に危険運転致死罪を適用すべきでしょうか。
危険運転致死罪の処断刑が殺人に匹敵するほど著しく重いということを重視すれば、故意に人を殺害したのと同じぐらい非難できる場合にのみ同罪を適用すべきであるということになります。福岡の事案では、(1)運転手は幼い命を奪おうとして事故を起こしたわけではなくあくまでも運転操作もミスにすぎないこと、(2)泥酔であれば、正常な運転が困難になることを認識しながら飲酒したといえるが、酔いの程度が酒気帯びであることからすると、正常な運転が困難になることを認識しながら飲酒したとはいいきれないこと、(3)事故前は交通状況に沿った運転をしているのであり、正常な運転が困難であったとはいえないことからすると、危険運転致死罪の適用を否定すべきであるということになると思われます。
これに対して、国民感情や危険運転致死罪が設けられた背景、飲酒運転の抑止効果を考えると、危険運転致死罪を積極的に適用すべきであるといえます。(1)危険運転致死罪は飲酒運転による事故を重く処罰するためにできた規定であること、(2)国民が重罰を望んでいること、(3)事故前に運転操作ができていたのは単なる偶然にすぎず起こるべくして起こった死亡事故であること、(4)幼い3名の命が奪われたこと、からすると、この事案にも危険運転致死罪を適用し、最高刑を科すべきであるということになりそうです。
また、国民感情に沿った判断をすべきであるから危険運転致死罪は適用するが、具体的な事案に即して、殺人に匹敵するほど非難できるとまではいえない場合には量刑で調整するという考え方も成り立ちます。(1)飲酒運転自体が悪であるという認識が一般的であること、(2)飲酒運転によって死亡事故を起こした以上重罰を科すべきであることからすると、この事案には危険運転致死罪を適用すべきことになります。しかし、(4)死亡事故の原因があくまでも運転操作のミスにすぎないこと、(5)人を轢死させるつもりで運転していたわけではないことからすると、殺人に匹敵するほどの非難を加えることができないから、最高刑の20年を減刑した量刑で処罰すべきであるという考えも成り立ちます。

さて、皆様はどのようにお考えになりますか。アンケートにお答えいただき、皆様の積極的なご意見もきかせて下さい。

危険運転致死傷罪について
  1. この事案については危険運転致死罪を適用すべきでなかった
  2. この事案については危険運転致死罪を適用すべきであり、最高刑を課すべきだった。
  3. この事案については危険運転致死罪を適用すべきであったが、20年を減刑した量刑にすべきであった。

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