「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV法)の改正法が今年の1月11日に施行(実施)されました。
そもそも、DV(ドメスティック・バイオレンス)とは、「夫婦などの親密な関係にある(又はあった)男女間で生じる暴力(主として男性の女性に対する暴力)」のことを指します。
内閣府が平成17年に実施した「男女間における暴力に関する調査」によりますと、結婚歴のある人が配偶者から、(1)殴ったり、蹴ったり、物を投げつけたり、突き飛ばしたりするなどの身体に対する暴行を受けたことがある人は女性で26、7%、男性で13、8%、(2)人格を否定するような暴言で交友関係を細かく監視するなどの精神的嫌がらせを受けた、あるいは自分や自分の家族に危害が加えられるのではないかと恐怖を感じるような脅迫を受けたことがある人は女性で16、1%、男性で8、1%、(3)嫌がっているのに性的な行為を強要されたことがある人は女性で15、2%、男性で3、4%いたとの結果が報告されています。
2001年に成立した当初のDV法では、まず、対象となる暴力を、夫(妻)の妻(夫)に対する身体的暴力に限定しました(1条)。そして、国や地方公共団体に対して、DV防止と被害者保護の責務を課し(2条)、特に都道府県は、配偶者暴力相談支援センターを設置することとしました(3条)。支援センターは、被害者に対して相談やカウンセリング、一時保護、シェルター(保護施設)の情報提供等を行う機関であり、警察官とともに被害者を保護する役割を果たします(7条、8条)。
また、被害者が更なる配偶者からの暴力により生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいときは、地方裁判所は、被害者の申立てにより、当該配偶者に対し、(1)6か月間の被害者への接近禁止、又は(2)(同居の場合に限り)2週間の住居からの退去の一方又は両方を命ずるとされています(10条、11条)。この(1)(接近禁止命令)と(2)(退去命令)を併せて「保護命令」といいます。この保護命令に違反した者に対しては、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科されることとなっています。
その後、2004年改正DV法では、まず、身体的暴力のみならず精神的暴力や性的暴力もDV法の対象に含めることを明記しました。ただし、保護命令の対象となる暴力は、従前どおり身体的暴力に限定されることとなりました。
もっとも、保護命令についても、いくつかの点で見直しがされました。第1に、婚姻中からDVを受けていた元配偶者について、離婚後にも保護命令の申立てができるようになりました。第2に、被害者だけでなく、被害者の子に対する接近禁止命令が認められるようになりました。第3に、退去命令について、期間を2週間から2か月に拡大するとともに、退去に加えて住居付近のはいかい禁止も命ずることとされました。
さらに、被害者の自立支援策も盛り込まれました。
2007年改正DV法(2008年1月11日施行)では、身体的暴力のみならず被害者の生命又は身体に対する脅迫があった場合にも保護命令が認められることとなりました。また、保護命令として、接近禁止命令とともに、面会の要求や無言電話等8種類の行為を禁止する命令を発することとされました。接近禁止の対象も、被害者本人や子供に加えて、親族その他被害者と社会生活において密接な関係を有する者が新たに含まれました。
もっとも、(1)保護命令の対象となる配偶者からの暴力に「被害者の生命又は身体に対する脅迫」以外の精神的暴力が含まれていないこと、(2)加害者更正プログラムが不十分であること、(3)現実にはかなり多いとされている若い世代の恋人間のDV(いわゆる「デートDV」)が依然としてDV法の対象外であること、(4)DVに対応する関係機関の連携が不十分で担当が一元化されていないこと、(5)被害者の自立支援や心のケアが不十分であることなど、今後の課題はまだ残されています。
上に記した今後の課題の内、(1)保護命令の対象となる配偶者からの暴力に「被害者の生命又は身体に対する脅迫」以外の精神的暴力が含まれていないこと、(2)加害者更正プログラムが不十分であること、についてもう少し深く考えてみることにしましょう。
まず、(1)精神的暴力が保護命令の対象に含まれていない点ですが、a)精神的暴力により深く傷つき、心に大きな重荷を背負っている被害者保護の必要性は身体的暴力や「被害者の生命又は身体に対する脅迫」とさほど変わらないこと、b)精神的暴力が保護命令の対象に含まれていないと加害者の側が暴力を奮ったという認識をもつことができず、加害者の意識が変わらないこと、を重視すると精神的暴力を保護命令の対象に含めることに積極となります。
他方、a)現行法上、刑罰は個人の何らかの行動の結果に対して発令されるのが原則であるところ、DV法の保護命令制度については、個人の行動の自由を刑罰により『予防的に』制限する特別の制度であることからすると、被害者の生命又は身体に重大な危険を受けるおそれが大きい場合に限定するべきであること、b)一言に精神的暴力といっても色々な態様があり、何が保護命令の対象となる行為であり、何が保護命令の対象とならない行為であるのか、その線引きが明確でないこと、を重視すると精神的暴力を保護命令の対象に含めることに消極となります。
千葉県が2003年に行ったDV対策視察報告によりますと、アメリカのマサチューセッツ州の場合、実際に身体的暴力を受けていなくとも、被害者が差し迫った深刻な危害を受ける脅威を感じたことが証明できれば保護命令が発令されるそうです。この「危害」が生命又は身体に対するものに限定されていないことからすると、保護命令の対象に含まれる精神的暴力の範囲は日本より広いと考えられます。
次に、(2)加害者更正プログラムの点ですが、日本においては幾つかの民間団体が、DV加害者を対象に集団プログラム等を実施していますが、公的な機関においてこの様な取り組みは実施されていないのが現状です。
加害者更正プログラムを法的な義務づけにより実施すべきであるとする立場は、加害者の側が自らの起こした犯罪を認識した上で自らの起こしたことについて責任をとらなければその後のDV繰り返しの悲劇を防ぐことはできず、加害者が自らの起こした犯罪を認識する為の手段として加害者更正プログラムが必要だと考えています。
他方、義務づけによる実施の有意義な点は認めつつも加害者の思想・良心の自由等の基本的人権の制限という憲法上の問題の検討が必要であるから、任意参加による実施はともかく、加害者更正プログラムを法的な義務づけにより実施することまでは難しいのでは、と考える立場もあります。
内閣府が2002年から2005年にかけて実施した調査によりますと、外国(イギリス、ドイツ、韓国、台湾、アメリカ)では、裁判所による法的な義務づけにより、保護観察機関と連携した上で加害者に何らかの加害者更正プログラムを受講させる制度が存在しています。
諸外国と日本とでは司法制度もそれを受け入れる社会的土壌も異なりますので、諸外国の制度をそのまま日本に導入できる訳ではありませんが、刑務所での矯正の一環として、あるいは刑罰の一環としてなど加害者更正プログラムを法的な義務づけにより実施する事につき、より検討されるべきだと思われます。
さて、今回は(1)身体的暴力だけでなく、精神的暴力(「誰がお前を養っていると思っているのか」等の発言)も保護命令を認めるべきかどうか、(2)夫婦間だけでなく、恋人間のDV(いわゆる「デートDV」)もDV法の保護の対象とすべきかの二点について、皆さまのご意見を伺います。ご意見の書き込みもお待ちしております。
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- 精神的暴力でも保護命令を認め、デートDVも保護対象とすべき
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- 精神的暴力に保護命令を認めるべきではないが、デートDVは保護対象とすべき
- 精神的暴力に保護命令を認めるべきではないし、デートDVも保護対象とすべきではない