性同一性障害者が性別を変更するには、生殖機能をなくし、心の性に合わせた性器を形成して性転換手術を終えていなければなりません(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項)。
したがって、性別変更は自らの遺伝子を残す術を失うことを意味します。
しかし、性別を変更すれば結婚もできるため、配偶者との子どもを望む気持ちが生まれるのは自然なことでしょう。
では、性別変更後の性同一性障害者が結婚し、第三者の精子または卵子を用いて配偶者との子どもをもうけた場合、法律上、この子どもの「実の親」になれるのでしょうか?
2008年、性同一性障害者のAさんは、女性から男性に戸籍上の性別を変更しました。
その後結婚したAさんは自分の実弟から精子の提供を受け、人工授精を利用して妻との間に男児をもうけています。
この男児に関し、Aさんは「実の子」つまり嫡出子として宍粟市役所に出生届を提出しましたが、同市は「生物学的に親子関係は認められない」として受理を拒否し、法務省の指導に従って、非嫡出子として届け出るようAさんに指示しました。
ちなみに、夫が生来の男性の場合、第三者の精子を用いた人工授精(非配偶者間人工授精:AID)で生まれた子どもであっても、一般的に嫡出子として出生届が受理されています。
出生届の際にAIDで生まれたと申告する義務がないため、遺伝的つながりがなくとも傍目にはわからないからです。
Aさんは、こうした扱いの違いを指摘し、なぜ自分のケースは嫡出子と認められないのかと抗議。
男児は長らく無戸籍状態にありましたが、Aさんは2012年1月、夫婦の本籍がある東京都新宿区に男児の出生届を提出しました。
同区が作成した男児の戸籍は、母の欄はAさんの妻が記され、父の欄は職権により空欄とされています。
これを不服としたAさん夫婦は、同年3月、「夫Aが戸籍上の父親と認められないのは不当だ」として、東京家裁に戸籍の訂正許可を求めて裁判を提起しました。
去る11月に下された判決は、Aさん夫婦の申立て却下でした。
その理由は、宍粟市や法務省の見解と同じく、「Aさんが特例法に基づいて男性に性別変更したので、男性としての生殖能力がないことは戸籍の記載から客観的に明らかで嫡出子(実子)とは推定できず、これをもとに親子関係の判断をすることは差別にあたらない」というものでした。
さらに、自分達のような家族のあり方を認めて欲しいというAさんらの訴えに対しては、「特別養子縁組をすれば、子の法的保護に欠けるところはない」と付け加えています。
※特別養子縁組...民法817条の2以下。
養子縁組後も養子と実父母の関係が続く普通養子と異なり、養子と実父母の関係が断絶し、養子と養父母の関係を実の親子同様に扱うもの。
特別養子は戸籍上も「養子・養女」ではなく「長男・長女」と記載される。
Aさん夫婦は即時抗告しましたが、2審の東京高裁も訴えを棄却したため、この事案は現在、最高裁に特別抗告されている状態です。
今回の事案に限らず、生殖医療の発達により、従来の規定では対応しきれないような新たな家族関係が多数生じています。
結論はどうあれ、今後、より詳しい親子関係の法整備が求められていることは間違いありません。