~(東京地裁平成14年6月20日決定)~
《前回までのあらすじ》
勤務先のYから配置転換を命じられた性同一性障害の男性X(戸籍名の変更済)。
Xは配置転換に応じる条件として、今後女性として扱うようYに求めましたが、Yはそれを認めず、正式に辞令を出します。
不満が募ったXは独断で女装して出社し、再三にわたる、Yの女装を禁ずる服務命令や自宅待機命令にも自分を曲げることはありませんでした。
これに対しYが懲戒解雇処分を決め、Xはこれを不服として東京地裁に提訴しました。
前回も最後に少しだけ触れましたが、地裁はXに対する懲戒解雇処分を無効と結論付けています。
まず、それぞれの行動がどう評価されたか見てみましょう。
■Yの行った配置転換は相当か?
→ 相当だが、これを拒否したからと言って懲戒は行きすぎ
当時Y内部では調査業務の外注が進められており、調査部(もともとXが所属していた部署)の人員削減が必要でした。
その一方で製作部に欠員が生じており、Xにとっても製作部での業務が有益との判断がなされたために今回の辞令に至ったのですが、これは合理的な人選であると認められています。
また、Yの就業規則には、社員に配転命令に従う義務を課す規定があったほか、「正当な理由なく配転を拒否したとき」には懲戒解雇ができる旨の規定もありました。
Xが配転命令に応じた上で申出の受け入れを働きかけることもできた状況を考えると、Xの配転命令に対する拒否は正当な理由がなく、懲戒事由を満たします。
ただ、Xは辞令の破棄について謝罪していますし、YもXの欠勤した数日間について有給休暇を認めています。
Xが配転命令を拒否したそもそもの理由も、Yの対応が不満だったからなので、Xの配転命令の拒否が懲戒解雇に相当するほど重大・悪質な企業秩序違反とはいえないとされました。
■就労中、Xに女性の容姿を禁じるのは妥当か?
→ 一理あるが、Xの状態から察するにそれを破っても懲戒するほどではない
事情の理解が進んでいなければ、Y社員やYの取引先・顧客のうちの相当数が、女性の容姿をしたXに対して違和感・嫌悪感を抱くおそれがあるのは事実です。
Xのように従前と異なる性の容姿での就業を申し出る社員は極めて稀ですし、Xが個人的な事情をYやその社員に配慮するよう求めているだけの状態と見ることもできます。
Yが社内外への影響を憂慮し、当面の混乱を避けるために、Xに就労中の女装をやめるよう求めること自体は一応の根拠が認められます。
しかし、Xの現状や内心(精神的・肉体的に女性としての行動を強く求めており、これを貫けなければ多大な精神的苦痛を被る状態)から判断するに、XがYに対し女性としての扱いを求めるのも頷けます。
地裁は、Y社員のXに対する違和感や嫌悪感は、Xの事情を認識・理解するよう図っていけば、時間の経過とともに緩和する余地が十分にあると考えました。
また、Yの取引先や顧客が違和感や嫌悪感を覚えたとしても、それがYの業務遂行上著しい支障を来す恐れがあるとはいえないとも指摘しました。
以上を考慮すると、Yには確かに「会社の指示・命令に背き改悛せず」「その他就業規則に定めたことに故意に反し」た者を懲戒解雇できる規定が備わっており、今回のXの行動はこれに反するものではありますが、それが懲戒解雇に相当するほど重大かつ悪質な企業秩序違反だとは言い難いとの結論に至りました。
どちらの論点もYの就業規則等の合理性を認めてはいるものの、労働者の個別事情をもっと配慮するよう促しているようです。