最高裁昭和51年3月25日第1小法廷判決
はじめに
車の助手席に乗っていた妻が夫の不注意で他の車と衝突して事故にあい、負傷した場合、同じく不注意だった相手方の車の運転手に対して、損害全額を請求できるのでしょうか。
夫に不注意があったとしても、妻に不注意があったわけではない、と考えれば、全額請求できて当然とも思われます。
しかし、夫と妻とは同じ1つの財布で生活している関係にあります。
とすれば、夫の不注意は妻の不注意として考慮されてもやむをえないのでは、とも思われます。
最高裁判所は果たしてどのような判決を下したのでしょうか。
どんな紛争か?
鳩山直人は、妻たか子を助手席に乗せて自動車を運転していたところ、左方向から進入してきた○×運送の大型トラック(運転手は不破雷蔵)と衝突し、鳩山夫婦は大怪我を負った。なお、この事故は、直人と不破運転手の双方の過失が原因であった。
たか子は、不破運転手に対して民法709条に基づき、○×運送会社に対して、損害賠償を請求した。
○×運送会社と不破運転手は、夫と妻は家族共同体を構成するから、夫直人の過失は妻たか子の請求できる損害賠償額を定める上で考慮すべきだと主張している。
裁判所の判断
結論
夫直人の過失が考慮され、たか子の請求できる損害賠償額は減額される。
理由
民法722条2項が不法行為による損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を斟酌(考慮)できる旨を定めたのは、不法行為によって発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものである。
被害者の過失には、被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者の過失、すなわちいわゆる被害者側の過失をも包含するものと解される。
したがって、夫婦の婚姻関係が既に破綻にひんしているなど特段の事情のない限り、夫の過失を被害者側の過失として斟酌することができるものと解するのを相当とする。
このように解するときは、加害者が、いったん被害者である妻に対して全損害を賠償した後、夫にその過失に応じた負担部分を求償(他人のために損失を受けた者が、その賠償を請求すること)するという求償関係をも一挙に解決し、紛争を一回で処理することができるという合理性もある。
コメント
過失相殺とは、契約違反や不法な行為により損害を発生させた場合に、債権者や被害者側にも過失があるときは、裁判所がその事情を考慮して損害賠償責任の有無や賠償金額を定めることです(民法722条2項)。
この判決は、過失相殺をする場合、被害者と一定の密接な関係に立つ者の過失も、過失相殺の点においては、被害者の過失と同様の扱いをしようとする理論(被害者側の過失の理論)を最高裁が採用することを明確にしたという点で大きな意義をもちます。
裁判所は、「被害者側」にあたる者として、被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者」、と難しい表現をしていますが、これは、要するに財布が同じであるような関係の者のことです。