小説で読むおもしろい判例
小説で読むおもしろい判例 の記事一覧
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第十四回
職場に着くと、用意してあった辞表を提出した。上司は何も言わず、哀れむように私を見つめる。 高田と会って以来、私の勤務態度が変わったことは、職場で話題になっていた。同期の出世頭と見られてい... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第十三回
それから4年余りの月日が経過した。 息子の隆は中学生2年の冬を迎え、高校受験が近づいていた。妻との間は冷え切ったままだ。 「あなた、ちょっと」 出勤間際、玄関で靴を履く私に、妻が近づ... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第十二回
私と高田はホテル内の和食店に入り、懐石料理を共にした。その席で、犯人の手口を説明された。 高田によると、真帆を拉致したのは裏世界では有名な誘拐犯だという。犯人は子どもを誘拐するが、すぐに... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第十一回
男はロビーの中央に立っていた。 身長160センチくらい、小柄で、角刈りの頭はほとんど真っ白だ。古びた背広によれた替えズボン、田舎のセールスマンが下げているような薄い書類かばんが足元に置か... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第十回
老人は含み笑いをした。 「実を言うと、私には心当たりがあるのじゃ。娘さんは生きておられますぞ」 「え!ほ、本当ですか!どうして分かるのですか!?」 「おやおや、困った父親じゃな。娘... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第九回
「―柏木さんのお宅か?」 しわがれた、初老らしい男の声だった。声に荒んだ響きがあった。 またいたずら電話なのだろうか。 「そうですが」 「初めてお電話させていただく。今、... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第八回
日曜日の夕暮れだった。妻は買い物に出、隆は塾に行った。家には誰もいない。 その週末も、私は現場に行っていた。新しい手がかりはなく、警察では冷たくあしらわれた。もう慣れてしまったが、や... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第七回
家に帰ると、ようやく普段の生活が戻ってきた。 世間は徐々に事件を忘れていく。仕事にも出なければならない。いつまでも泣いてばかりはいられなかった。私は一日働き、家に帰る。妻は家事を、息子は... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第六回
私たちはその民宿に滞在し、真帆の消息を待つことにした。仕事は休まざるを得なかった。妻は憔悴していたが、留まって探すという。 昼は道の駅Yの周辺を探し、夜は近隣の商店街やホテル、民宿などを... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第五回
付近には二、三のホテルがあったが、夏休み最初の土曜日ということもあって、どこも満室であるという。警察の紹介で、近所の農家が夏の間だけ開業している民宿に泊まることになった。 警察から連絡が... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第四回
警察に通報がなされた。 陽は西に傾いていた。真帆が車を離れてから、4時間以上が経過している。 「署まで来ていただけませんか」 「私、ここに残ります。もし真帆が戻ってきたら―... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第三回
夏の日本海は群青色に輝いていた。空には入道雲が悠然と屹立している。 「パパ、ほら見て!白鷺がいるの!」 車窓に迫る濃緑の山肌を指さして、真帆が大声を上げた。 「ほら、見て見て... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第二回
第2回 悲劇の始まり あれは今から10年も前のことになる。私と妻は41歳、息子の隆は小学校1年生になったばかりだった。 小学校に上がり、息子はめっきり腕白になっていた。幼稚園の頃はむし... 続きを読む
娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第一回
第1回 独白 私は今年51歳になる。同い年の妻と、高校生1年の長男と暮らしている。 公務員だったが、2年前に辞した。退職金を得るためだ。定年に達しない依願退職だったから、スズメの涙であ... 続きを読む
アスペルガー障害 第十二回
検察側は、「殺人行為時に心神耗弱状態にあった」という鑑定人の意見もさることながら、「死体損壊時に責任能力がなかった」とする意見には、動揺を隠せなかった。 殺害して死体を遺棄・損壊した場合... 続きを読む
アスペルガー障害 第十一回
では、死体損壊時の行為はどのように説明すべきなのだろうか。 被告人は、死体を―異様な繊細さで―左右対称に、各々10部に解体し、さらに、流水で、各片に付着した血液や汚物を丁寧に洗い落として... 続きを読む
アスペルガー障害 第十回
鑑定人の判断(1) しかし、被告人の犯行時の行動には、ひとつ奇異な点があった。 殺害行為時は、異常に攻撃的である。 被害者を部屋中追い回し、階段を駆け上がりながら、包丁を背中に複数回... 続きを読む
アスペルガー障害 第九回
山口紘一は、弥作の長女・竜子に対する殺人と死体損壊の罪で起訴された。検察官は懲役20年を求刑。 マスコミ各社は、高級料亭の若主人が妻である女将を惨殺した猟奇事件として、一斉に報道した。 ... 続きを読む
アスペルガー障害 第八回
正月を二日前に控えたこの日、板場はおせちの仕込みで一日中大忙しだった。 夜半になって一段落ついた紘一は、自室に戻ると、いつもの習慣で包丁を研ぎだした。 砥石を湿らせ、その日使った包丁... 続きを読む
アスペルガー障害 第七回
「山口さん、ご主人さんが呼んではりますえ」 紘一はある日、大主人の居室に呼ばれた。この部屋は、本店から大主人が出張るときだけ使用される、特別の部屋だ。 その頃になると料亭・花月は、割烹料理では第... 続きを読む
アスペルガー障害 第六回
紘一は料亭・花月京都店の板前見習いになった。 板前見習いの勤労条件は過酷である。給金は小遣い程度。勤務時間は、言わば24時間。早朝の「かど掃き」(店の表を掃除すること)から、夜風呂を落と... 続きを読む
アスペルガー障害 第五回
それから10年がたった。 八重が働く料亭・花月は、心斎橋に戻って勢いを得、評判高い人気店に成長した。 経済が本格的に復興しはじめたことも幸いした。起業や相場で大きく儲ける者達が現れて... 続きを読む
アスペルガー障害 第四回
一ヵ月後、八重と紘一は帰国した。 あの晩、八重は伸太郎から、紘一を連れて先に帰国するよう切り出された。 八重は即座に反対した。何よりも、伸太郎と離れるのが嫌だったのだ。 夫は... 続きを読む
アスペルガー障害 第三回
少年は忍び込む冷気で目を覚ました。暗い天井から下がる電球が薄白い。鈍い光は、そのまま戸外の寒さを映しているようだ。 家中は静かだった。女中たちも起き出さない。まだ夜明け前なのである。 ... 続きを読む
アスペルガー障害 第二回
「ああ。― 紘一の具合はどうだ」 紘一は伸太郎と八重の息子で、4年前平壌で生まれた。この寒さには慣れているはずだが、生まれつき虚弱な体質で、よく体調を崩した。 「昨日よりは好いよう... 続きを読む
アスペルガー障害 第一回
第1回 年明けの平壌は本格的な厳寒期に入る。 大陸から冷気が流れ込み、山河は白一色に凍りつく。市内を流れるテドン川さえ、流れながら凍っていく。取入れを終えた畑も、水分が冷えて氷の板と化す... 続きを読む
虐待の果てに ― ある幼児の死 第十一回
第11回 判決 (参考・さいたま地裁 平成18年5月10日判決) 主文 被告人を懲役9年に処する。 未決勾留日数中320日をその刑に算入する。 争点に対する判断(一部抜粋) ・・・そして、以上認定... 続きを読む
虐待の果てに ― ある幼児の死 第十回
第10回 検察官及び弁護人の主張 (参考・さいたま地裁 平成18年5月10日判決) 1 検察官の主張 公訴事実(抜粋) 被告人・石原 武は、大阪府堺市A町B番地所在のCマンション206号室の被告人... 続きを読む
虐待の果てに ― ある幼児の死 第九回
同居して初めての正月を迎えた。 暮れにちょっとした不動産の取引が成功して、武は30万円ほどの臨時収入を得た。二人はその金でパチンコをし、映画を見、帰りはレストランで食事をとって、楽しく遊び歩いた。... 続きを読む
虐待の果てに ― ある幼児の死 第八回
12月下旬のことである。 夕方から冷え込んできたため、倫子は気まぐれに、潰した米飯を白湯に溶かして与えようと考えた。最後に食事を与えてから、すでに丸1日たっていた。 「愛奈、ご飯やで」 返事は... 続きを読む