平成16年1月1日より改正労働基準法が施行されました。今回の改正の一つとして解雇に関する改正があります。その中でも最大のポイントとして「解雇権濫用の法理の明文化」があります。今回はこの点について解説します。
従来は労働基準法上、解雇に関しては以下のような規定がありました。
- 差別的取扱いの禁止(3条)
- 業務災害、産前産後の休業の場合の解雇制限(19条1項)
- 解雇予告(20条1項)
- 解雇予告制度の適用除外(21条)
- 労働基準監督署への申告を理由とする解雇の禁止(104条2項)
また、労働基準法以外の労働関連法規上も次のような解雇関連規定が存在しました
- 性別による退職、解雇についての差別的取扱いの禁止(男女雇用機会均等法8条)
- 休業申出、休業取得を理由とした不利益取扱の禁止(育児・介護休業法10条、16条)
- 不当労働行為としての解雇の禁止(労働組合法7条1号及び4号)
- 個別労働関係紛争解決の援助を求めたこと又はあっせんの申請を行ったことを理由とする解雇の禁止(個別労働関係紛争解決促進法4条3項及び5条3項)
しかし、これらの規定は一定の場合の解雇制限や解雇する際の手続を定めたものであり、解雇一般に関するルールは定められていませんでした。このため解雇の効力の判断基準については民法に委ねられていました
民法上では期間の定めの無い雇用契約は各当事者間において、いつでも解約の申込みをすることができるとされています(同法627条)。これは使用者側から見れば、民法上、使用者が解雇の自由を有しているということになります
この民法の原則をそのまま適用した場合には、労働者が不当な解雇により突然その仕事を奪われ、労働者の生活に重篤な影響をもたらすということにもなりかねません。
そこで、最高裁判所は民法の「権利濫用の法理」(1条3項)を適用し、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効となると解するのが相当である」と判示しました(日本食塩製造事件・最判昭和50年4月25日・民集26巻4号456頁)。
また、その後も「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効となるというべきである」と判示しました(高知放送事件・最判昭和52年1月31日・労判268号17頁)。
この2つの判決により確立されたのが「解雇権濫用の法理」です。その後は下級審においてもこの「解雇権濫用の法理」に基づいて解雇の効力を判断しています。
しかし、判例上確立されている「解雇権濫用の法理」も広く労使当事者間に周知されているとはいえない状況にありました。また、近年は景気低迷という時世から、解雇をめぐる労使間のトラブルが増大しているという背景もありました。そこで、広く労使間に知らしめるべく、解雇に関する基本的なルールとして「解雇権濫用の法理」を労働基準法上に明記することとしたのです。
すなわち、今回の労働基準法の改正により第18条の2として以下の条文が新設されました。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
本条については衆議院及び参議院の厚生労働委員会における附帯決議において、「使用者側に主張立証責任を負わせている現在の裁判実務をなんら変更するものではなく最高裁判所で確立された「解雇権濫用の法理」をそのまま法律上明記したもの」である旨が明らかにされています。
つまり、従来の裁判実務上は使用者が解雇権濫用に該当しないということを立証すべき責任を負っており、今回の改正によりこの裁判実務に変更を与えるものではないということが確認されているということです。
こうして、「解雇権濫用の法理」が労働基準法上に明文化されたことにより、解雇に関するルールが労使間で周知徹底され、合理的な理由を欠く解雇が少なくなることが期待されています。
次回は、解雇権濫用となるのはいかなる場合か、この点について検討します