前回は、「契約交渉上の信義則」と消費者契約法における取消権制度への波及について見てきました。そして、その中で、内容から手続き保障型への転換と消費者の自立の要請があることも見てきました。
今回で、最終回となりますが、前回の内容をもとに、企業として消費者取消権という制度に対してどのような考え方で対処していくべきなのかについて、述べてみたいと思います。
3.消費者契約法に対する企業の取り組み
- 1) 企業から見た評価
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前回のご説明の通り消費者取消権は、契約交渉上の信義誠実の義務の考え方をベースにしています。これを事業者・企業サイドから見てみると、どのようなことが言えるでしょうか。
確かに消費者契約法の制定によって、消費者からの一方的な取消権行使の主張によって一方的に契約は取り消されてしまいますから、事業者としてはリスクを覚悟しなければならないと言えます。そしてクーリングオフのように8日間ないし20日間という期間ではなく、取り消しうることを知ってから半年、又は契約締結から5年という長きにわたってそれを覚悟しなければならない、というのは、随分と大きなリスクを背負ったようにも思えます。
しかし、前回見ましたように、契約当事者には、契約交渉途中での破棄などによって相手の信頼を裏切らないようにする義務や、情報格差があるような場合は「情報提供・助言義務」というものが一般的に認められているのですから、たとえ消費者契約法がなくても、同じような主張はできるのであるから、あってもなくても同じだということも(極論ではありますが)言えるように思います。
つまり、契約当事者として通常要求されるような「信義に従い誠実に」契約交渉をしていく、信義則違反とならないような手続きを踏む、ということを心がけることが、すなわち、消費者取消権の行使の原因となるような不公正な行為を防ぐことの対策にもなるのではないか、と考えています。
そしてこのことは、消費者契約法の中で事業者の一般的義務として「消費者契約の内容について明確、平易なものとなるようにする配慮義務」と「消費者契約の内容について必要な情報を提供する義務」が規定されていることとも合致すると思われます。もっともこの配慮義務や情報提供義務は、「努力義務」と規定されているので、無視しても違反にはならないのではないか、と思われる向きもあろうかと思います。しかし、上述の通り、消費者契約に限らず契約当事者には一般的に信義誠実義務があり、それを消費者契約法が条文化しただけだ、とも考えられますから、この規定を努力義務だからといって軽視すべきではないでしょう。勿論そうは言っても、依然としてクーリングオフの制度はありますし、業法による制約も何ら変わらず残っていますから、全ての対策が一般の契約交渉と同様でよくなった訳ではありませんが、消費者契約法の定める消費者取消権というものに関して言えば、そこで求められているものは、通常の契約一般においても求められているものの延長線上にあると言えるでしょう。
従って、企業サイドの対策の基本的な考え方は、内容の適正さの維持に加え、プロセス重視・手続き適正さの確保のための対策にも重点を置いた対策をすべきである、ということになると思われます。
- 2) 対策の基本的な考え方
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上述のように、企業としては消費者との契約交渉プロセスにおける適正な手続きを行っていくことが今後は重要になります。
つまり、手続きさえ適正に踏んでいれば、多少消費者にとって不利なことが契約内容となったとしても、消費者から権利主張、つまり取消の主張をすることは難しくなります。勿論その弱みに付込んではいけませんが、企業の防衛策としては、先ず手続きの適正さを追及すべきでしょう。但し、契約の内容が極めて不公正なものである場合はいくら手続き保障を行っても意味がありません。消費者契約法では瑕疵担保責任を無条件で排除したり、損害賠償義務を負わないなどを定めた不公正な条項が規定された場合には、その条項が無効となってしまいますので、その意味では、従来通り内容の適正さを図ることも忘れてはいけません。
- 3) 具体的対策
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消費者との契約交渉を行う場合に、不実なことを告知したり、断定的な判断を言ったり、不利益なことを告知しなかったりすること、あるいは、退去要請にもかかわらず退去しなかったり、消費者を監禁したりして契約を締結した場合に取消の対象となるわけですから、先ずはこれらの不法な行為、言動を行わないような従業員のモラルを確立するためのモラル教育が必要です。
しかしモラル教育だけで全てのリスクが回避できるわけではありません。営業マンがある程度事実を誇張することは避けれらない場合があるでしょうし、不法なことをしていなくても消費者からクレームを受けることもあるでしょう。このような「いわれのない」クレームを回避するには、何よりも、どのような手続きを取っていたか、消費者が情報に接する機会があったのか、契約締結過程の途中において消費者がクレームなり修正の要求を求める機会があったのか否か、という点を明確にしておくことが重要です。
手続き保障という観点からは、手続きが適正でなければ契約内容に対して問題がなくても文句を言えるが、逆に手続きが適正であって、契約交渉過程で何らかの釈明なり修正なりを消費者が求めることが可能であったのであれば、その時にクレームすべきであるから、後で文句は言えない、ということが帰結されます。
従って、それぞれの商売の定型的な過程において、どこかで必ず情報の開示を行ったことの確認を消費者に求め、その承認を受けた事実を後で示すことが出来るような仕組みを作っておくことが有効な対策となります。例えば、いうべきことを書面にしておき、代金を領収する時に必ずその書面に対して消費者に確認を求めてサインを貰っておくことなどが考えられます。なお、上記の書面は、論理的には、「断定的判断」を告げていないこと、及び「不利益なことを告げていること」の直接の証明になりますが、「不実のことを言わなかったこと」の直接の証明にはなりません。
しかし、不実のことを言ったかどうかを消費者が証明することは元々難しいうえに、事業者が「これこれこういうことは伝えた」という書面を残していれば、消費者はそれ以外に不実のことを言っていたということを証明することが必要となり、ますます立証が難しくなると考えられます。
従って、この書面などを使えば、消費者取消権の対象となる場合を概ねカバーできると思われます。事業者としては、このような書面を用意し、それを実際の取引の中のどのタイミングでそれを出すか、ということをマニュアル化することが良いと思います。書面だけでは使われるかどうか確証がありませんから、業務フローの中で確実にその書面が使われる場面を決めておいたり、書面を使わざるを得ないような仕組みを考えたりすることが重要だと考えます。
なお、敢えて付け加えておきますが、上記は、現実に不実のことを言ったり、不利益な事実を隠したりしない、ことを前提にしています。事業者としてやましいことがないにも拘わらず、消費者からのクレームがされたような場合に、それを排除するための対策です。
従って、もし不法な行為がなされる可能性がある事業者は、先ずそのような不正な行為がなされないように社内体制を構築すべきであると思います。
以上で「消費者契約法と企業の対応」についてを終了させていただきます。最後まで稚拙な文章にお付き合いをいただきまして、ありがとうございました。今後も研鑽を積み皆様のお役に立てるような情報の提供に努めて参りたいと存じます。
行政書士 寺村 淳