オーナーは、四郎の「濃くない」容姿を気に入り、ホール係として採用した。
ホールの仕事は、メニューと客席番号を覚えることから始まる。
メニューを覚えるのはオーダーを間違いなく通し、また客の質問に答え、適当な料理や酒を勧めるため。客席番号を覚えるのは、オーダーを早く確実に客席に運ぶためだ。この店は、客同士顔がささないようにするため、席の配置が一風変わっており、メニューにも珍しい料理が並んでいた。四郎は、これにはすぐなじむことができた。
しかし、客たちには違和感を覚えた。料理は一品一品凝っており、値段も高い。酒も高級なものしか置いていない。そんな店に、彼らは週に1,2度、時には連日、来店しては楽しげに飲食した。次までにこれを取り寄せてほしいと、特別に注文をしていく客もあった。大学関係者しか知らない四郎には驚くことばかりであった。
― あいつら一体、何の仕事をしてるんだろう。
彼らは終電がなくなっても平気であった。タクシーで移動して、次の店に行く。友人を携帯で呼び出すこともある。11時過ぎると終電を気にして落ち着きをなくす大学の教授とは、大いに違った。
四郎は、客の服装や所持品にも目を見張った。料理を注文するとき、箸を口に運ぶとき、仕立ての良いジャケットや高級な時計が目についてならない。自分がこれから公務員になり、少々の出世をしたとしても、こんな店のカウンターで飲めるようになれるとは想像できない。客単価は2万円近いのだ。
無力な自分との差を見せつけられるようで、四郎は日々、自信を無くしていった。しかし、店の待遇は良かったから、辞める気にはなれない。
四郎は惰性のように勤め続けた。
続く