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奇妙な依頼 ― 殺人罪と嘱託殺人罪 第七回

しかし、四郎はついに断ることができなかった。ホテルの一室で、「Kの頼みどおり」、その下腹を突き刺し、ナイフを上方に向かってかき上げたのである。Kは腹部刺創傷害を負い、出血死した。

検察官は、被害者は「単に快楽を得たい」という理由から行為を要求したのだ、と主張した。被害者は、自分が死亡することの意味を熟慮し、死の結果そのものを受容していたとは考えられないから、殺害依頼が被害者の真意に基づいてなされたとは認められない。したがって、嘱託殺人(刑法202条後段・6月以上7年以下の懲役又は禁錮)ではなく、殺人罪(刑法199条・死刑または無期もしくは5年以上の懲役)が成立する、と主張した。

原判決(大阪地方裁判所平成10年1月13日判決)は、被害者の殺害依頼はその真意に基づくものとは認められないとして、嘱託殺人の成立を否定した。
その理由は、本件における被害者の被告人に対する殺害依頼は、通常なされると考えられる殺害の嘱託と著しく異なって、ナイフで下腹を刺突されるという手段、態様に執着し、それ以外の方法で殺害されることを全く考えていなかったこと、また、被害者は身体を鍛えるなど健康にも問題はなく、金銭的なトラブルがなかったこと等から、被害者には真に死ななければならない事情が見当たらないこと、である。
弁護人は、殺害について被害者の真意に基づく嘱託があり、原審は事実誤認をおかしている、として控訴した

大阪高等裁判所平成10年7月16日判決は、原判決を破棄して嘱託殺人の成立を認め、被告人を懲役4年に処した

理由― (前略)長年殴打プレイ、SMプレイにのめり込んでいた被害者が、いわば究極の被虐行為として、被告人に対し、自己の下腹部をナイフで刺すという方法で殺害を依頼した可能性は十分にあるというべきである。(中略)確かに、被害者に真に死ななければならないような事情が見当たらないことはそのとおりである。 しかし、(中略)被害者は、下腹部を殴打してもらうというSMプレイが高じて、いわば究極のSMプレイとして被告人に対し本件刺突行為を依頼したものと認めるのが相当である。
それだからこそ被害者は、下腹部をナイフで刺すという方法に執着したのであって、奇妙な方法に執着したからその依頼は真意に基づくものではないとするのは当を得たものではない。(後略)」

(了)

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