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父と娘の物語 ― ある親殺し 第五回

物語の終わり

検察官の主張(1)―起訴状(要旨)

公訴事実
 被告人は、昭和・・年・月・日、U県0市・・豊国アパート201号室において、中村 悌一郎(当時45歳)を殺害しようと企て、所携のガラス片(長さ約12センチメートル)で同人の頚動脈を突き刺し、よって、そのころ、同所において、同人を頚動脈裂傷に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害したものである。
罪名及び罰条
尊属殺人(※注1) 刑法200条(※注2)

※注1「尊属」とは、血族(血縁関係にある者)のうち、自分より上のものをいう(父母、祖父母など)。しかし、刑法200条は、尊属だけではなく配偶者の尊属に対する殺人をも処罰対象としていた。

※注2 刑法旧200条、尊属殺人罪。
尊属等に対する殺人を重く処罰する同条の目的は正当であるが、刑の加重の程度が甚だしく、憲法14条1項に反するとして、平成7年改正により削除された。

検察官の主張(2)(要旨)

 被告人・中村結衣は、14歳のとき、実父・中村悌一郎に姦淫され、以後10年以上夫婦同然の生活を強いられ、同人との間に5人の子どもをもうけた。その間、中村悌一郎は、健康上、仕事上の問題から酒におぼれ、被告人らにしばしば暴行を加える状態であった。
その後、中村悌一郎がほとんど無収入となったことから、被告人は、居所である豊国アパート201号室を出て子どもたちと自活したい旨訴えた。しかし同人はこれを容れず、かえって被告人と子どもたちを同室に監禁すること10日に及んだ。
被告人は自分や子どもたちの行く末を思い悩み、このままでは子どもたちともども飢え死にするしかないと考えるに及んで、この上は思い切って中村悌一郎を殺害するほかないと決意し、酒によって熟睡した同人のまくら元に忍び寄り、かねて準備したガラス片にて、同人の頚動脈を力任せに数回突き刺して切断し、間もなく、同所において、その刺創に基づく出血のため同人を死亡させ、殺害の目的を遂げたものである。 被告人のおかれた環境には汲むべき事情があるが、実父を殺害するという人倫に悖る行為は厳しく罰せられるべきものである。
被告人に無期懲役を求刑する。

弁護人の主張(要旨)

 刑法200条は、尊属に対する殺人を199条の普通殺人と区別し、特別に重く処罰することを定めている。かかる規定は、尊属と尊属以外の者を不当に差別するものであって、「法の下の平等」を定めた憲法14条1項に違反する。
 よって、被告人は無罪である。

最高裁判所の判断(判旨)―最高裁昭和48年4月4日大法廷判決

 被告人を懲役2年6月、執行猶予3年に処する。

 憲法14条1項の平等の要請は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨と解すべきである。
 そこで、刑法200条の憲法適合性を検討するに、本規定の立法目的は、尊属を卑属またはその配偶者が殺害することをもって一般に高度の社会的道義的非難に値するものとし、かかる所為を通常の殺人より厳重に処罰し、もって特に強くこれを禁圧しようとするにある。
 およそ尊属に対する尊重報恩は、社会生活上の基本的道義と言うべく、このような自然的情愛ないし普遍的倫理の維持は、刑法上の保護に値するものといわなければならない。
 そこで、被害者が尊属であることを犯情の一つとして具体的事件の量刑上重視することは許されるものであるのみならず、さらに進んでこのことを類型化し、法律上、刑の加重要件とする規定を設けても、かかる差別的取扱いをもって直ちに合理的な根拠を欠くものと断ずることはできない。
・・しかしながら、加重の程度が極端であって、前示のごとき立法目的達成の手段として甚だしく均衡を失し、これを正当化しうべき根拠を見出しえないときは、その差別は著しく不合理なものといわなければならない。 ・・刑法200条は、尊属殺に法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限っている点において、その立法目的達成のための必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法199条の法定刑に比し著しく不合理な取扱をするものと認められ、憲法14条1項に違反して無効であるとしなければならず、尊属殺にも刑法199条を適用するのほかはない。・・

(了)

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