第3回 訪問者
喜八が新興宗教に入信したのは、その頃のことである。きっかけは、ある宗教団体が、布教のための施設を建設したいと店を訪れたことだった。
「山崎喜八さんは、こちらでしょうか。」
喜八は帳簿を置き、訪問者を見やった。頭を角刈りにした50がらみの小柄な男が立っている。地元では見たことがない顔であった。
「私は」 男は名刺を差し出した。「こういう者でございます」
名刺には、『水光の会 ・・市支部長、生駒 達夫』とあった。金色の幾何学模様のようなマークが、名前の右肩に押されている。
「実は私どもの会で、ご当地に祈りの場を設ける運びになりました。そこで、その工事をお願いしたいと思いまして」
「祈りの場?」
「その通りです。」
「まぁ、おかけください。」
パイプ椅子を勧めながら、喜八は相手を観察した。
地方のことでもあり、工事の依頼は知人や得意客の紹介で来るのが普通であった。工事代金の支払が滞った場合、仕事に出た職人にはすでに手当を払ってしまっているので、経営に大きな影響が出るのである。そのため大きな工事ほど、紹介があるものを優先して受けるようにしていた。
しかし、今や台所は火の車であった。仕事は喉から手が出るほどに欲しい。
「長年店をやっとりますが・・・その、祈りの場とかいうのは、手がけたことがありませんでな。一体、どんな建物なんでしょうな。」
「一言で言えば、宗教的施設です。信者の心の家、とでも申しましょうか。
私ども『水光の会』は、全国に拠点を持って活動しておりますが、何と申しましても一番大事なのが、信者が集まり祈るべき場所なのです」
「ははァ・・・、新興宗教ですか」
男はかすかに笑いを浮かべ、顔の前でひらひらと白い手を振った。
「いや、ご念には及びません。ご存知のように、近ごろは邪宗を標榜して人心を惑わすエセ宗教者が増加しております。しかし、私どもの教義は、身命にかけて、正統なものです」
「いや。正直に申し上げますが、・・・そちらの宗教がどのようなものでも、ウチでは一向に構わないのです。ただ、初めての取引きとなりますと」
喜八が言い終わらないうち、小男は笑い声をあげた。
「ホッホッホ・・・ご心配はごもっともです。ご商売ですからな。しかし、そんなに大規模なものではありません。内装には手を掛けて、信者の心身を癒すに相応しいものにしたいと考えていますがね。大きく分けて、礼拝所と宿泊施設、これは個室を10室ばかりですな。地方から來所する信者のためです。もちろん、通俗の生活を離れて一時の癒しを得たいという者も受け入れます」
「・・・」
「こちらの仕事が丁寧で間違いがないことは、実は、当会の信者に聞いたのです。そのうち、会っていただく機会もあるでしょう」
「そうですか」
喜八は嬉しくなってきた。これも何かの幸運かもしれない。ここ2,3ヶ月の間に仕事が得られなければ、店をたたもうかとまで考えていたのである。ひょっとすると、これから先、会の関係でどんどん仕事が増えるかもしれないとさえ思われた。
小男の説明によれば、「水光の会」は10年ほど前、教祖が天のお告げを受けて開かれた。天のお告げにより、教祖は特殊な能力を持つようになり、天が放つ光すなわち生命の源泉を受けとり、それを人々に伝えられるようになったという。
「古人は、世界が八つの要素で生成されていると考えました。これすなわち、天、地、山、水、沢、雷、火、風です。その八要素のうち、我々は常に動くもの、水、雷すなわち光、風の3要素を選択しました。これらは聖なる動性を持って、我々の生命を甦らせるのです。例えば、天、地は動かず、沢は澱みます。しかし、特に水と光は生気を動かし、我々の身体の病や精神の悩み、この世のあらゆる障碍を取り除くのです。
本来であれば、我々は皆、水と光と風を自ら受け取ることのできる力を天から授かっており、病気も自分で治すことができるのです。しかし、自然破壊、食品添加物、電磁波などの影響で、そのような力は失われてしまいました。
そこで、教祖様は我々の至らぬ力を補い、失われた水と光を、その御手を通じて直々に下される。我々は教祖様からそれをありがたく戴く、というシステムになっております。」
小男の説明は、経を唱えるように、いつ終わるともなく続いた。隣の部屋では、息一人息子の伸治が、心配そうに聞き耳を立てていた