第1回 条件付故意とは?
男が刺されて死亡した。女は、血のついたナイフを手にしたまま、呆然として男の傍に立ち尽くしている。
あなたが裁判員だとしたら、女を何罪にするだろうか?
殺人罪に決まっている。なぜなら、女は男を刺し、その結果、男は死亡したのだから・・・。
しかし、そう言い切れるだろうか。
たしかに女は男を刺したが、それは男の浮気が許せなかったからで、決して殺そうとまでは思っていなかったとしたら、どうだろう。
もし女が男を殺すつもりがなく、ケガをさせてやろうとしただけだったら、たとえ男が死んでしまっても、女に殺人罪は成立しない。なぜなら、女には「殺人」という「罪を犯す意思」がなかったからである。
ただし、女は無罪になるわけではない。ケガをさせる意思、すなわち傷害罪の故意はあったのであり、その結果男は死亡したのだから、傷害致死罪の罪を負うことになるのである。
人は、行おうとしなかった行為についてまで責任を問われることはない。自分の意思に対応するだけの罪しか負うことはない。この「罪を犯す意思」のことを「故意」という。このことは、刑法38条1項に規定されている。
そこで、あなたが裁判員だったら、女の罪を決定するためには、まず女の故意の内容を知らなければならない。女に殺人の故意があったか、もしくは傷害の故意しかなかったのかを明らかにしなければ、罪を決定することはできない。
では、刺すか刺さないか、自分の意思だけで決定できなかった場合はどうだろう?
「二度と浮気しないで」という言葉に、男が「絶対にしない」と約束したら刺さないけれど、「バカ言うな。そんな約束できねぇよ」とはねつけられたら刺してやろう。そんな風に考えた場合はどうだろうか。
これは、他人と共同して罪を犯す、共犯の場合に問題となることが多い。共犯では、自分がどのような行動をとるかが、仲間の行為の内容や結果に影響されることが多いからである。
「自分が犯そうと決めた罪についてしか責任を負わされることはない」というのが38条1項だった。そうだとしたら、自分がどのような行動をとるかが、他人の行動や周囲の状況によって左右されるような場合には、責任が軽くなるのではないだろうか?
これを「条件付故意」の問題という。
(続く)