第五回 事件の顛末
事故現場に警察官が到着し、ただちに事故処理が行われた。それに並行して、救急隊員らによる救助活動が行われた。
しかし、金村 守(事件当時36歳、工務店勤務)、木村 隆夫(同22歳、フリーター)両名は既に死亡していた。金村 守は頭蓋骨が粉砕されており、木村 隆夫は頸骨を骨折していた。ともに即死と思われた。
その後O市U区北警察署において、早瀬、横山、高山の3名の事情聴取が行われた。3名は、木村 隆夫の酒気帯び運転が発覚することを避けるため、「事故当時軽自動車を運転していたのは高山(事件当時23歳、大学生)である」旨の虚偽の事実を供述した。
しかし、捜査に当たった警察官は、特に横山、高山両名の供述態度から「高山が身代わり犯人ではないか」との疑いを持った。そこで、さらに詳細な事情聴取を行うとともに、事故直後の3名の様子を目撃した者を探して捜査を継続した。
その結果、高山 邦夫は、酒気帯び運転罪の教唆及び犯人隠避罪で送検され、起訴された。
なお、早瀬 真(事件当時23歳、不動産会社社員)は、酒気帯び運転罪の教唆及び犯人隠避罪の教唆の罪で、同じく起訴されている。
- 注 犯人蔵匿等罪(刑法103条)
- 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
その後、被告人高山 邦夫は、O地方裁判所において、酒気帯び運転罪の教唆及び犯人隠避罪の実刑判決を受けた。
弁護人は、特に犯人隠避罪について原審の判断を不服とし、O高等裁判所に控訴した。
弁護人の主張
- 刑法103条は捜査機関の犯人発見・逮捕を妨害する行為を処罰する趣旨であるところ、「隠避」とは、犯人に逃走資金を提供するなど、捜査機関の犯人発見・逮捕が直接的具体的に妨害する行為を指す。
しかし、捜査機関に対して自ら犯人である旨虚偽の事実を申告する行為は、単に犯人の特定を困難にするだけであるから、同条の「隠避」に当たらない。 - (2)仮に、捜査機関に対して自ら犯人である旨虚偽の事実を申告する行為が「隠避」に当たるとしても、前述のように同条は捜査機関の犯人の発見・逮捕を妨害する行為を処罰する趣旨であるところ、行為の当時、犯人木村は既に死亡していたのであるから、死者を犯人として処罰することはできない以上、同罪の客体である「罪を犯した者」には当たらない。
よって、原審は刑法103条の適用を誤ったものである。
検察官の主張
- 同条は広く司法に関する国権の作用を妨害する者を処罰する趣旨であるから、「隠避」とは、「蔵匿」(場所を提供して匿うこと)以外の方法で捜査機関による犯人の発見逮捕を免れさせるすべての行為を意味することは明らかである。
したがって、捜査機関に対して自ら犯人である旨虚偽の事実を申告する行為は、「隠避」に当たる。 - また、捜査機関に誰が犯人か分かっていない段階で、既に犯人が死亡していたとしても、捜査機関に対して死者が犯人ではなく自らが犯人である旨虚偽の事実を申告した場合には、犯人の発見が妨げられることは明らかである。
したがって、犯人が死者であっても、同条の「罪を犯した者」に当たる。
高等裁判所の判断
- 主 文
- 本件控訴を棄却する。
- 理 由
- (前略)・・・
2 法令適用の誤りについて
論旨は、要するに、被告人が酒気帯び運転の犯人である木村の身代わりとなり、警察官に自ら運転していた旨虚偽の事実を述べた時点で、木村は既に死亡していた、そして、刑法103条にいう「罪を犯した者」に死者は含まれないと解すべきであるから、被告人は犯人隠避罪について無罪である・・・というのである。
ところで、同条は、捜査、審判及び刑の執行等広義における刑事司法の作用を妨害する者を処罰しようとする趣旨の規定である。
そして、捜査機関に誰が犯人か分かっていない段階で、捜査機関に対して自ら犯人である旨虚偽の事実を申告した場合には、それが犯人の発見を妨げる行為として捜査という刑事司法作用を妨害し、同条にいう「隠避」に当たることは明らかであり、そうとすれば、犯人が死者であってもこの点に代わりはないと解される。
・・・本件のような死者の場合には、なお刑事司法作用を妨害するおそれがあることに照らすと、同条にいう「罪を犯した者」には死者を含むと解すべきである。・・・
(了)