第四回 身代わり犯人
「早瀬、通報せんと逃げろとでも言うのか」
人通りの少ない駅裏、元旦の深夜とはいえ、事故現場の周辺には野次馬が集まりつつあった。
2台の車両は横転し、路面にはガラスの破片が散り、どの車のものか、曲がったバンパーが転がっている。あまりの惨状に、野次馬は遠巻きになり、誰も近づこうとはしない。高山は続けて言った。
「今さら逃げられんぞ。人一人、死んどるんやぞ」
「あほ、違うわい」
早瀬は野次馬に聞かれるのを恐れるように、声を潜めて言った。
「問題は、木村が飲んどった、っちゅうことや」
「きむらきむら言うな、君ら3人ともやろ」
「そや、お前の他はみんなや」
「どういう意味や」
「ええか、よう聞けや。人轢き殺しても、酒飲んどらんかったらギョーカで済む。ところがや、飲んでたちゅうだけで、危険運転何とかになるんやぞ。重さが違うがな」
「・・・」
「なぁ、高山、お前が運転してたことにしたら、全部まる―ぅ収まると思わんか」
早瀬の思いがけない言葉に、高山は絶句した。
たしかに、酒を飲んでいない高山が運転していたなら、危険運転致死罪には当たらない。業務過失致死罪で済むのだ。
しかし、危険運転致死罪なら1年以上の有期懲役。酒酔い運転に対する厳罰化の傾向から、事情によっては20年の可能性も考えられる。7年が最高刑である業務上過失致死傷(211条2項・自動車運転致死傷罪)とは比較にならない重罰である。
「ありゃお前の車や、持ち主のお前が運転してても、誰も不思議と思わんわ」
「先輩、それじゃ高山さんだけが、その-ギョーカになるんですか」
「ほっといても危険運転何とかの同罪になるんやぞ。それよりマシやないか」
「でも、高山さんは何にもしてないのに・・・」
早瀬の顔から血の気が引き、表情が見る見る凶悪なものに変わった。
「ほな、ワレァ、一生食うに困らん役人の口、棒に振るっちゅうんかい!」
「ァ・・・」
「上等や横山、お前とは今日限りや、月夜ばかりやないど、覚えとけや!」
「ゥゥ・・・」
横山はすすり泣きはじめた。
早瀬は高山を見返って言った。
「お前は学生や、何ぼでもやり直しがきくわ。そやけど俺らは今の仕事棒に振って、一生日陰モンや。大学も出とらんし、この不景気に仕事もないで」
「・・・」
「― 高山、頼むわ。いや、俺のことはどうでもええねン。ただ、横山のこと考えたってくれや、ナァ」
高山は言うべき言葉を知らず、その場に立ち尽くした。折れた右手が耐えがたく重い。
遠くに聞こえたパトカーのサイレンが近づいて来た。野次馬の人波が、ざわりと揺れた。
(続く)