では、死体損壊時の行為はどのように説明すべきなのだろうか。
被告人は、死体を―異様な繊細さで―左右対称に、各々10部に解体し、さらに、流水で、各片に付着した血液や汚物を丁寧に洗い落としている。その「作業」は3時間余にも及んだが、その間被告人は浴室を一歩も出ることなく、作業に没頭している。
そして、そこまでの行為をした理由は、被告人自身にも説明できない。
さらに、「作業」終了後は、浴室の壁面、床面、水道の蛇口、排水口等を洗浄したのだが、その理由も説明できない。
検察官はこれらの行為を、「罪証隠滅のため」と主張する。
しかし、被告人は、行為の後、きれいになった肉片をバケツに詰め、自分の居室に運び入れている。そしてバケツを部屋の中央に置いたまま、その横に横臥して熟睡し、朝を迎えている。
さらに被告人は、仲居頭に隠すこともなくドアを開け、犯罪行為を発見されている。これらの行為は、犯罪の露見を恐れて罪証隠滅を図るものとは到底考えられないのである。
鑑定人は、被告人の性格的二重構造が発露し、強迫性障害が発症したものと判断した。強迫性障害は、特定の行為や対象に異常なまでに没入し、日常生活に破綻をきたす精神性疾患である。
被告人のした殺害行為は、憤怒や怨恨の爆発と評価できる。そして、その行為を記憶していないのは、逆行性の健忘症によるものであって、精神障害である解離性障害ではない。したがって、被告人に殺害時の責任能力を問うことはできる。その程度は、おそらく心神耗弱状態であったといえる。
しかし、長時間にわたって、機械のように淡々と、職人のように正確に死体を解体する行為は、殺害行為時に被告人を支配した精神状態ではなしえない。自己の行為が記憶にとどまらず、行為を説明することもできないのは、解離性障害による心因性の意識狭窄と判断するしかない。
そうであれば、死体損壊時に責任能力は認められないのだ。
(続く)