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娘を探して ─ 誘拐と詐欺の狭間で 第一回

第1回  独白

 私は今年51歳になる。同い年の妻と、高校生1年の長男と暮らしている。
  公務員だったが、2年前に辞した。退職金を得るためだ。定年に達しない依願退職だったから、スズメの涙である。
  それから1年後には、家も売った。
  16年前に買った小さな家は、私たち夫婦の、たった一つの財産だった。私たちは文字通りの丸裸になった。
  思えば、本当に愚かだったとしか言いようがない。

 私たち夫婦は、結婚して10年あまりの間、子どもを儲けることができなかった。
  妻とは大学のゼミで知り合った。自分でいうのも何だが、妻は美人だった。婚約することになり、両親に写真を見せたとき、父などは羨ましそうな表情さえ見せたほどだ。
  妻には惚れていた―しかし、正直に言えば、そんなに子どもがほしかったわけではない。やることをやっていれば、まぁそのうちできるんだろう・・・ぼんやりと、そう思っていた。無責任なようだが、たいていの男はそんなものじゃないだろうか。
  しかし、3年たっても5年たっても兆しすらないとなると、不思議なもので、だんだんほしくなってきた。同じ年頃の夫婦が子連れで歩くのを見ると、いつまでたっても二人きりの自分たちが、何だか寂しく思えてきた。
  妻は高齢出産のリスクを心配しはじめた。本当に子どもがほしいのであれば、そろそろ不妊治療を受けるべきなのか。そんな話題が出るようにもなった。
  だから、35歳になって妊娠がわかったとき、どんなに嬉しかったかわからない。子どもができて喜んでいる友人を、バカじゃないかと思っていたが、現金なものだ。
  私の両親も、妻の両親も、孫の誕生を心から祝福してくれた。

 生まれてくる子どものため、私たちは家を買うことに決め、ローンを組んだ。妻は仕事を辞めたから、経済的にはよほどきつくなった。しかし、待望の子どもを得られるという喜びは何物にも優った。
  子どもは男の子だった。妻は夢中になった。私の世話はどこやらへ行ってしまったが、まぁ仕方があるまい。可愛い赤ちゃんと古亭主では、はじめから勝負になりはしない。
  それから3年たって、女の子が産まれた。今度は私が夢中になった。
  娘の写真を職場や呑み屋で見せて歩いているお父さんが、あなたの周りにいないだろうか? どう見ても格好良いものではないが―私もすっかりそんな男親になっていた。

 平凡な話だ。皆さんは思われるだろう。それがどうした?、と。
  そうだ、私たちは子どもを産んで育てただけ。そして、―連れ去られた娘を探そうとしただけだ。
  できるなら、時間を戻して、あの10年前の夏の日に帰りたい。この10年間、何度そう思ったかわからない。
  いや、7年前のあの日でもいい。せめてあの日に帰れたら。
  美しい妻と、元気で素直な長男、そして開きかけた花のように愛らしい娘。
  安定した仕事に、小さいながら一戸建ての家。優しく見守ってくれる両親たち。

 ―今からお話しするのは、その全部を失ってしまった、世にも愚かな男の物語だ。

(続く)

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