それから4年余りの月日が経過した。
息子の隆は中学生2年の冬を迎え、高校受験が近づいていた。妻との間は冷え切ったままだ。
「あなた、ちょっと」
出勤間際、玄関で靴を履く私に、妻が近づいてきた。顔がこわばっている。
「昨日、N銀の柴田さんから電話があったの。あなたが隆の学資保険を解約なさったって。―本当なんですか」
「ああ」
「ああって、・・・300万はあったはずよ。どうなさったの?」
「高田さんに渡した」
妻は血相を変えた。
「冗談じゃないわ、一体いくら高田につぎ込んだら気が済むの?―真帆を取り返すなんて言って、あんな男の言うままになって。隆はどうでもいいって言うんですか?!」
「―お前と話す気はない」
「いえ、今日という今日は言わせていただきます。
あなた、高田が一体何をしてくれたって言うの。やれ犯人の居所をつきとめるとか捜査費だとか言って、どんどんお金を持っていくじゃない。
今この家にお金がどれだけ残っているか、ご存知なの? 定期預金が一口残ったきりなのよ。貯金も何も、全部つぎ込んでしまって、―それで何が分かったっていうの?」
「真帆の居所がはっきりしたじゃないか」
「じゃあ教えてください、私はあの子の母親なんです、知る権利があるわ。それはどこ? 何県の何町?」
「犯人のところだ。場所は高田さんがご存知だ」
妻は吐き棄てるように叫んだ。
「あなたがそんなにバカだとは、今の今まで知らなかったわ!
あのね、高田の言うことが本当なら、どうして場所が言えないの?こんなの詐欺じゃない!」
「場所を教えたら、お前が乗り込む危険があるというんだ。何度も話したろう。もっと冷静になれないのか?」
「ええ、乗り込みますとも。ちゃんと真帆を取り返してくるわ。場所はどこ?犯人は誰?言えるものなら言ってみなさいよ!」
「そんな話はまたにしてくれ。俺は仕事に行く」
「何て身勝手な人なの?隆と私はどうなってもいいの?」
妻は怒りに任せて武者ぶりついてきた。私は平手で妻の顔を払った。妻の細い体が玄関に崩れ落ちた。
「あなた!」
私も自分が抑えられなくなっていた。
「ここで止めたら元の木阿弥だ。高田さんしかいないんだ。
警察が何をしてくれた?お前は真帆をどれだけ探したんだ?母親面して偉そうなことを言うな。
―そんなに金が大事なら、残りの貯金をくれてやる。―退職してでも金を作るぞ。そのつもりでいろ!」
玄関を出ると、初冬の風が吹きつけてきた。
(続く)