その日以来、Kは、四郎を彼方此方伴うようになった。いずれもKの行きつけの高級レストラン、料亭、会員制クラブなどである。普通のサラリーマンには敷居さえ跨げない高級店だった。そして、どの店でも、Kは上客として最上級の応接を受けた。
あの朝、ひとりホテルを出た四郎は、逃げるように部屋へ帰った。呆然としているところへKから電話があったが、何と答えたかも覚えていない。
異性にしか興味がなかった四郎にとって、衝撃は大きかった。こんな関係について知識がなかったわけではない。大学でも、誰某はホモだという噂が流れることはあった。しかし、自分が関わり合いになるとは想像すらしなかった。
これからどうしたらいいか。Kとは二度と会いたくなかったが、店のことが気にかかった。
Kは、自分の好みを通す性格だ。あの店の雰囲気をたいそう気に入っているようだったから、四郎に遠慮して河岸を変えるとは思えなかった。
それなら四郎が辞めるしかない。だが、急に辞めるといったら、オーナーは不審に思うだろう。結局は、時給のいい職場と、そこで築いたささやかな信用を失うことになってしまう。それはあまりにも馬鹿馬鹿しい損のように思われた。それに、肝心の講座の受講費も、まだ半分しか稼げていない。
― 酔ったまぎれの悪戯だったんだ、きっと。
このまま知らないふりをしていよう、と決めた。Kもバツが悪いことだろう。黙っていればそれ切りになると思った。
ところがKは、オーナーを通して、堂々と詫びを入れてきた。
「この前、Kさん酔っちゃったんだってね。お詫びに、改めて招待したいって言ってるよ」
オーナーは何も知らないようだ。断ると何があったか知られてしまいそうで、四郎は断る機会を逸した。
待ち合わせた店では、詫びの言葉だけ聞いて、帰るつもりだった。だが、「Kさんのお連れさん」として歓待され、席を立つことができなくなった。
意外なことに、Kの態度には何のわだかまりもなかった。はじめて四郎と接するかのように、Kは自分の生活について話した。
Kは、何社かの株式を保有している、と言った。塩漬けになっているのもあるが、値が動いているものもある。気が向けば売買し、普段は配当で生活しているということだった。貸しビルも何棟か所有しているらしい。
「親父がいくつか不動産を持っててね、相続税を取られなきゃ、もっと残ったんだけど。惜しいことしたなぁー」
Kはさして惜しむ様子もなく、特注の酒を四郎の盃に注いで言った。
「こんな生活で運動不足になるから、ジムでトレーニングしてるんだよね。油とか添加物とか、食事にも気をつけてるし」
それがアワビの刺身や、特別有機栽培米で仕込んだ吟醸酒であるということらしい。ホテルで見た、鍛えられた筋肉も思い出した。あれもジム通いの成果というわけか。
何と優雅な生活だろう。バブルがはじけたことなど、この男には何の関係もないようだ。
「Kさん、奥さんはおられないんですか」
Kの眼の奥が笑っていた。自分でも思いがけない言葉に、四郎は顔を赤らめた。