第2回 加害者たち(1)
運転手・金村(事件当時36歳、工務店勤務)は、頭部から血を流して倒れていた。頭蓋が粉砕されたのだろう、頭骨の一部が髪の毛から突き出している。
血のりが黒く蛇行しながら歩道の側溝に流れる。四肢は弛緩していた。その様は、人形が場違いな場所に投げ捨てられているようであった。
彼が息をしていないことは、もはや明らかだった。
「あ・・・」
横山の足が震えだした。只ならぬ様子に早瀬も近づいてきた。
「野郎・・・」
あまりの惨状に、日ごろ強気な早瀬も呻き声を上げた。
「ど、どうしよう・・・先輩、どうしましょう」
「お、俺らに関係あるかい・・・木村や、木村が悪いんや!」
「だって・・・ウゥ・・」
「止めんかい! ― 木村が酔ってたさかいやないか!」
早瀬は振り捨てるように叫んだ。
「木村はどこや?!」
「あの空き地にはいなかったです・・・あ、あれは高山さんじゃないですか?」
交差点の左前方から近づいてきた人影がある。
「高山!」
高山と呼ばれた人影は、力なく手を上げたー正確に言えば、上げようとしたのである。その右手は、肘の関節からぶらりと垂れ下がっていた。
「ああ、無事やったんやな、みんな」
高山は言った― 酒を飲んでいないせいか、出血は少ないようである。
― そういえば、酒飲んでへんのは、こいつだけやないか。・・・策をめぐらしていた早瀬の頭に、ふと妙案が浮かんだ。
「木村はどうした?」
「あっちの歩道に倒れてる。顔と首から出血が酷いんや。動かさんほうがいいと思ってな」
「そうですか、あぁよかった・・・」
「早く救急車呼ぼう」
「僕、ケイタイ持ってます」
「警察にも通報せんとな」
「あの人は、駄目そうなんです・・・」
横山は歩道橋の階段下を指さした。
「・・・エライことになったな。―でも仕方あらへんわ。腹くくって皆で責任取ろうや」
横山が1・1・9と押そうとしたとき、それまで黙っていた早瀬が口を開いた。
「ちょっと待てや」
「はい?」
「はい、とちゃうやろ。なぁ、ほっといてもパトは来よる。もっと大事なことがあるやろが」
「?」
「鈍いなお前。木村は酒飲んどったんやぞ。そんで、この事故や。ギョーカ(業務上過失致死傷罪)で済まへんぞ。危険運転ナントカ、っちゅうやつになるんやぞ!」
「あ・・・た、たしか、それ、チ、懲役になるんですよね・・・新聞で見ました」
「俺らもその、キョーサ(教唆)ちゅうのか、手伝ったことになるやないか。会社に知れてみぃ、一発で馘や」
「あ・・・」
「横山、お前公務員やろ。懲戒免職でキマリやな」
「アァ、どうしよう・・・せ、せっかく就職できたとこなのに!」
「懲戒免職やらなってみさらせ、それこそ新聞種や、コッ恥ずかしぃてそこらに居れるかい」
高山が口を挟んだ。
「ちょっと待てよ。仕方がないやろ、木村が飲んでたのは事実なんや。僕らも皆、知ってたやないか。今さら横山君を責めたって、どうしようもないわ」
「高山、お前もやぞ。車はお前のやろ、ただで済まんぞ」
「そうや、車出したんは自分や。覚悟はしとるよ。
さぁ、早く通報したほうがいい。木村のケガが心配や。皆も血だらけやないか。横山君、ケイタイ貸してくれ」
「― コラァ、待たんかい!」
初めて聞く、凶暴な友の声であった。二人は思わず息を呑み、早瀬の青凄んだ顔を見た。
(続く)