第3回 病状
しかし、次の年、再び夫は倒れた。今回の入院は半年間に及んだ。
「3回目はキツイですよ。気をつけてください」
退院を前にしたある日、担当医は言った。
「キツイって、・・どういうことでしょうか」
「倒れるというのは、病状が悪化したからなんです。今より脳の状態が悪くなったらまた倒れる、ということです。
もちろん、4度5度倒れても回復される方もおられます・・しかし、それはレアなケースです。ご主人の場合、今度倒れたら深刻だと思ってください」
「・・・どうなるんでしょうか?」
「最悪の場合、寝たきりになる可能性もあります。もちろん、そうならないようにリハビリをやってきたわけですが」
「手術はできないんですか?」
「脳の血管が詰まるという病気ですからねぇ」
・・・お年もお年ですし、―担当医はそう言いたげであった。
退院してから2年は、何事もなかった。毎日リハビリを行い、手足の痺れも快復した。本人も「これなら大丈夫だよ」と口にするようになり、再び山行の 計画を立てたりしていた。
しかし、それから2年目の冬、3度目に発症した。それが今度の入院である。
元気なころの夫は、自他共に認める仕事人間だった。大柄でよく食べ、体力もあった。性格は社交的で自信家、何にでも積極的に取りくんだ。小柄で食 が細く、引っ込み思案なあつ子とは、まるで対照的だった。その夫が寝たきりになるかもしれないとは、にわかに信じがたいことだった。
定年を迎えたら、晴れて借家住まいを卒業し、子どもたちと住める二世代住宅を建てる。そして趣味と旅行の穏やかな生活を送る―。平凡な夫婦が描く そんな夢を、あつ子達も人生のゴールとして設定していた。だがそんな計画も、夫婦が健康であってこそである。
現に、3度にわたる入院費用が馬鹿にならなかった。介護保険を使っても、年金だけでは足りない月がある。このままでは退職金を取り崩さなければなら なくなるだろう。
退院できたとして、その後は自宅療養となる。それにも問題があった。
現在の家は結婚当初から住んでいる古い借家で、高齢者には使い勝手が悪い。バリアフリーという言葉すらなかった時代の、建売住宅である。
身体機能が回復しない場合には、トイレに風呂に介添えが必要になる。しかし、大柄な夫を抱えて風呂に入れることなど、小柄なあつ子には途方もない ことのように思われた。
暗い気持ちで病院に着くと、ロビーは珍しく、初春らしいざわめきに満ちていた。見舞客らしい人々が挨拶を交わし、手には花束がある。
あつ子はその日が土曜日であることに気がついた。面会時間は平日は3時からだが、土曜日曜は10時からになる。週末は、病院にも、どこか穏やかさが漂 う。
―土曜日は麻美も休みのはずだけど・・。
でも来るはずないわ、あの子が。今さら何を期待してるんでしょう―
あつ子は自分を叱り、再び暗い気持ちになって、夫の病室に向かった。
(続く)
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