第4回 介護の光景
夫が入院する病院は、高齢患者を対象とした療養医療を提供する、いわゆるコミュニティタイプである。
初めて倒れたときに運び込まれた救急病院では、「長期入院は3ヶ月までしか引き受けられない」と説明された。そして、同一グループの療養型病院へ、転院を勧められた。入院患者一人について、行政から病院へ幾許かの補助金が出されるらしいが、それが4ヶ月目からは減額される。つまり、病院にとって儲からない患者ということになるのだ。
療養医療とは、特別の加療を必要としない養生型医療のことである。ただ、リハビリなど、現にある身体機能の回復を目的とする緩やかな措置は行うから、脳梗塞の貞一郎に適しているとはいえた。しかしそれは、完治の見込みがほとんどないという意味でもあった。
最近は病院経営も厳しさを増しているという。そのため、患者や家族の満足を得るべく、転院先でもアット・ホームな対応がされていた。昔と違ってスタッフの応対は丁寧で、物腰も柔らかいことに、あつ子は安心した。しかし、入院生活が長引くに連れ、介護士たちの仕事ぶりには違和感を持たざるを得なかった―。
たとえば、患者たちのささやかな楽しみである食事は、午前8時・正午・夜6時の3回、各々のベッドに運ばれる。一人で食事が取れない患者には、介護士がついて食事をさせる― しかし、老人、特に人を識別できなくなった患者に対する彼らの態度には、やはり嘲笑と冷淡が見え隠れするようなのだ。その様子を目にするたび、あつ子は気持ちが冷えた。
「はい、おじいちゃん、口開けてー。あ~ぁ、ダメじゃん、こぼしちゃ・・・チェッ、しょうがねえなぁ」
また、老いた慢性病患者の多くは、回復の見込みもないままに退屈な日々を送っている。女性患者同士は病室を訪問しあったりして、それなりに楽しそうでもある。しかし、男性患者はいかにも淋しげであった。所在なく雑誌を読み、疲れると居眠りをする。リハビリの時間が来ると介護士に付き添われ、億劫気に病室を出て行く。
「はいはい、足元に気をつけてネー、階段上がろうネー。ジイちゃんったら・・・ダメだぁ、こりゃ」
エネルギーと自尊心のかたまりだった夫が、あんな扱いを受けるー。そして、本人にはそれが分からない。いや、感じているのかもしれない、怒りや喜びがあるのかもしれないが、それすら私には分からない。そして、見守り続けなければならないのだ。それはいったい、いつまで続くのだろうか・・・。
(続く)
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