第6回 娘の来院
「麻美?」
老人は麻美に見下ろされ、慌てて廊下に去った。娘は夫に似て大柄であった。美人とはいえないが派手な好みで、今日も場違いな緋色のコートに身を包んでいた。
「どこにでもいるのね、痴漢って」
「どうしたの、お前」
「迷惑だった?・・・ これ、お父さん?」
麻美はベッドに向けてあごをしゃくった。
「何て言いかたするの?」
「そんなに怒らないでよ。―でもずいぶん痩せたねぇ。蝋人形かミイラみたい」
夫に聞こえそうな気がして、あつ子は娘を廊下に連れ出した。
「何で? もう何も分かんないんでしょ?」
「その言い草は何なの? お見舞いじゃないんなら、早く帰って」
麻美はちょっと口を歪めた。
「―実はお母さんに話があって来たの」
「今食事中なんだから。話なら、後にしてちょうだい」
「いいじゃない、あんなのどうだって・・・すぐ済むからさ」
麻美は有無を言わせず、あつ子を3階にある談話室に引っ張っていった。
談話室は20畳ほどのスペースで、テーブルが5.6卓置かれている。患者の家族や見舞客が食事や面談ができるようになっていた。
「タバコいいの?」
「ダメに決まってます。病院なのよ」
「不便ねぇ。―うーんと、実はね、バイト、クビになったんよね」
「・・・」
「不況でね、春から生徒がずいぶん減るっていうの。塾代が払えないんだってさ」
「そう・・」
「それでね、今の家はあのとおり不便だし、もっと便利なとこにマンションでも借りて、仕事探そうと思うんだ。
でねー、ちょっとカンパしてほしいの」
「一体いくらいるの? お母さんに余裕無いの、知ってるでしょう?」
「200万・・・もっとあれば嬉しいけどね、やっぱ新しいとこがイイしさ」
あつ子はカッと頭に血が上った。
「冗談じゃないわ、この大変なときに。そんなお金がどこにあるの?」
「いっぱいあるじゃん。お父さんの退職金」
「あ、あれは、万一のときの、虎の子じゃないの。お父さんの入院に、月々いくらかかっていると思うの?」
麻美はふと黙り込み、見舞客らしい2,3人が談話室のドアから出て行くのをやり過ごした。室内には、あつ子と麻美だけになった。
「―いつまで入院するつもり?」
「?」
「だからさ。いつまで入院させとくつもり?」
「それは・・・お父さんが好くなるまでよ。先生は入院が必要だっておっしゃってるし・・・特に夜中、何か起きたら大変だって・・」
麻美は言葉をさえぎった。
「違う違う。いつまで生かしとくつもりって、聞いてんのよ」
(続く)
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