第8回 計画
次の日、麻美は再び姿を見せた。そして、詳細に方法を説明した。
静脈に空気を注射すると、空気は静脈に乗って運ばれ、肺に至る。そして肺循環の低下を起こす。医師は肺機能の不全による死亡と疑わない、という。
「お父さんはじゅうぶん弱ってるし、肺不全だって、誰も疑わないよ」
「・・・麻美は正気なの?」
「まだそんな事言ってんの? お母さん、お父さんの介護で一生終わるつもり?」
「一生終わるなんて、・・・そんなオーバーな言い方しないで」
「どこがオーバーなのよ、今だってフラフラのくせに」
「それはあんた達が手伝ってくれないからでしょう。お母さん一人じゃ無理なの、分かってるでしょう」
「私は真っ平だからね。お父さんの奥にいたジイさんたち、見なよ。ず~~っとあのまま生きていくんだよ。
お父さんも、もう治らないんでしょ。だったら看病したって無駄じゃん。そんなの、ただの自己満足じゃん」
麻美は身を乗り出した。
「大丈夫だって。絶対バレないって。それに― お父さん、生命保険だってあるんでしょ」
あつ子は言葉を失っていた。
「お母さんがやらないなら、私がやるからね」
あつ子は思わず涙を流した。
「何で泣くのよー。お母さんが倒れたりしたら、私も看病させられるんだしさ。何だっけ、そうそう、イチレンタクショー」
病院の面会時間は7時で終わる。その後、病院は出入り禁止になる。しかし、普段看病している家族なら、忘れ物を取りに来たとでもいって、非常口から病院に入ることができる、という。あとは巡回の看護士さえやり過ごせばいい。
「実は昨日、やってみたの」
本気だ。娘は、本当にやるつもりなのだ。
「すぐ入れてくれたわよ、警備のオヤジ・・・。看護士も全然気がつかなかった」
昨日、計画を聞いたときから、あつ子は誰かに相談すること― たとえば警察に相談することを考えてみた。そうすれば、殺人という恐ろしい罪から娘を救うことができる。
しかし、娘との絆は、永遠に絶たれることだろう。邪魔をした私を、娘は絶対に許しはしない。
夫を妻が殺し、父を娘が殺すなど、到底許されることではない―しかし娘が決心した以上、一人でさせるわけにはいかない。
「いつやるの・・・」
俯いたまま言葉を返した母に、麻美は会心の笑みを浮かべた。
(続く)
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