第9回 実行の着手
看護ステーションには、終夜、交代で看護士が待機することになっている。しかし、早番遅番が交代するときと、見回りの出入り・引継ぎをするとき、空隙ができる可能性があった。
病室は看護ステーションのそばなので、ステーションが無人になるのを確認するのはたやすい。深夜2時に巡回の出入りがある。その時を狙うことにした。
「お母さんはトイレに行って。誰かに聞かれたら、気分が悪いって、引きつけといてほしいの」
頷いた母が廊下に出るのを確認し、麻美は注射器に蒸留水を入れた。液体と一緒の方が、空気を注入しやすい。注入に手間取ることをおそれ、5CCにした。
針を上に向け、空気を吸い込む。まず30CC入れたが、念のために10CC増やした。
―あまり多いとバレるかも。これくらいにしておこう・・・
麻美は父の右腕に触れ、静脈を探り当てた。焦りを抑え、蒸留水と空気を注入して行く。
手がかすかに震えたが、蒸留水と空気は滞りなく静脈に入った。麻美は針を抜き、父の口元を注視した。
そのとき、肩に手がかけられた。
「お母さん?」
背後には、担当医と看護士の蒼白な顔があった。
(続く)
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