警察に通報がなされた。
陽は西に傾いていた。真帆が車を離れてから、4時間以上が経過している。
「署まで来ていただけませんか」
「私、ここに残ります。もし真帆が戻ってきたら―」妻は目を真っ赤に泣き腫らして言う。
道の駅は閉店時間になり、店員が売れ残った商品を片付けにかかっていた。夜は無人になるのだ。
「我々が見回りをします。事情をお伺いしたいので、お母さんもぜひおいでください」
警察が、単なる迷子と見ていないことは明らかだった。
私たちがドライブしてきた公道と道の駅は200メートルほど離れている。3歳児が一人でさまよい出ることは考えられない。真帆は何者かに連れ去られた可能性が高い。
無線機を手にした警官が、
「エー、こちら・・道の駅の迷子、これから家族を同行します・・・」と署に連絡する。妻は茫然と黙している。
ふいに隆がしゃくり上げ始めた。
「ゴ、ゴメンナサイ・・・」
「隆のせいじゃない。しっかりしなさい」
そうだ、息子のせいじゃない。娘は私に、パパ、一緒に降りよう、と言ったのだ。自分が行っていれば― しかし、私は言葉を飲み込んだ。そんなことを言い合ったって、何の役にも立ちはしないのだと、自分に言い聞かせた。
事情聴取が始まった。私もいろいろと聞かれたが、妻に対する質問は、今の事情を考えれば過酷とも思えるものだった。
道の駅に来た時刻、理由、車を降りたときの真帆の様子、店内に入ったときの状況、真帆を一人にした理由・・・中年の担当官はしつこいほどに経過を確認し、調書に記載していく。時には、
「エーと、まいごのまいは、どんな字だったっけな~」などとつぶやき、他の警官に聞いたりしている。
私は神経を逆なでされる思いで、思わず声を荒げた。
「はやく娘を探してください。こうしている間にも、どこかに連れて行かれているかもしれないんですよ!」
「まぁまぁ、手続きなんで。見回りのパトカーや派出所にも連絡してありますから、見つかったらすぐ分かりますよ。
―えーと、それで、迷子の呼び出しですけど。何時ごろ、何回くらい掛けたんですかね?」
妻が終わると、今度は隆の番だった。妹とは仲が良いか、最近喧嘩したことはなかったか。・・・隆は懸命に答えていたが、最後には喉を詰まらせるように絶句してしまった。
「お巡りさん、もうこれくらいにしてやってください。お願いですから。
初めての家族旅行で、娘は大喜びだったんです。自分でどこかに行くなんて、考えられません」妻が言う。
「誰かに連れて行かれたんです。間違いありません。私たちはここらに来たこともないんです。どうか警察が探してください」
「分かりました。じゃ、何か情報が入ったら連絡しますから。今夜はどうします?」
時計を見ると、もう11時を回っている。
「この辺のホテルか何かに泊まります」
「必ず連絡してくださいよ。勝手に帰らないように」
ムッとしたが、言い返す気力もなかった。
私たちは疲労困憊して警察を出た。
(続く)