家に帰ると、ようやく普段の生活が戻ってきた。
世間は徐々に事件を忘れていく。仕事にも出なければならない。いつまでも泣いてばかりはいられなかった。私は一日働き、家に帰る。妻は家事を、息子は学校に通う。
しかし、元に戻ったのは表向きだけだった。家庭の雰囲気は全く変わってしまった。
特に妻は変わった。
事件から半年ほどは、週末になると現場に行き、周辺を歩き回ったり警察に顔を出したりしていた。だが、次第に足が遠のいた。
真帆のことには一切触れなくなった。そのかわり、隆を異常に可愛がるようになったのだ。
事件の後、悲嘆にくれる有様を見ていたので、息子も初めは母親を労わっていた。しかし、妹のいない日常に慣れてくると、疎むようになった。事件当時6歳だった息子も今は小学3年生、母親離れを始めている。一々世話を焼く母に反発し、時には声を荒げることもでてきた。私は見かねて言った。
「あまり構いすぎない方がいいんじゃないのか?」
しかし全く聞こうとしない。「放っといてください」と冷たく言うばかりだ。
ある日、私は少し強く言った。
「真帆を探しに行かないのか?今度の連休に行ってみないか?」
「隆の世話で忙しいの。あなた一人で行ってください」
「何だと!」
私は思わず激昂した。
「真帆はどうでもいいのか。かわいそうじゃないか。どうしてそんなことを言うんだ!」
「真帆がいなくなって、どれだけたつと思うの? 情報だって全然なくなったじゃない。あの子はもうこの世にいないのよ!」
「黙れ!」
手が妻の顔に飛んだ。自分で自分が抑えられなかった。仁王立ちになり、獣のように咆えていた。
「俺は探すぞ、一生かかっても真帆を探すぞ!もうお前には頼まん!」
何かが胸から迸るようであった。
妻は泣きもしなかった。頬を腫らし、目を据えて、ただ私を見ていた。
私は現場通いを再開した。週末には必ずあの民宿に泊まり、周辺を歩く。
事件からすでに3年が経過していた。いまさら現場を歩いてみたところで、新しい手がかりが見つかるとも思わない。警察でも私の来訪を持て余しているのがよくわかった。
それでも私は通い続けた。止めたら真帆が死んだことを認めることになる―そんな気持ちだったかもしれない。
あの日以来、妻とは口もきかなくなっていた。隆も私を避けるようになった。真帆の幻だけが私の生きがいになっていた。
そんなある日、一本の電話がかかってきた。
(続く)