「―柏木さんのお宅か?」
しわがれた、初老らしい男の声だった。声に荒んだ響きがあった。
またいたずら電話なのだろうか。
「そうですが」
「初めてお電話させていただく。今、少しお時間を拝借したいが」
丁重な物言いである。いたずらではないようだ。
「実は、他でもない。娘さんのことで、ちょっとお話したいことがある」
「・・・どういうことですか?」
「私はー人探しを専門にしておる者じゃ」
私は用心して黙っていた。
「元刑事だったが、警察組織のあり方に矛盾を感じ、野に下った。人様のお役に立てると思い、職を辞したのじゃ」
「・・・」
「いや、警戒なさるのは無理もない。きっと大変な目に遭われておられるじゃろうからな。被害者に対して、世間は冷たいものじゃ」
老人の言うことは私の心中そのままであった。あの腐りきった組織の中にも、被害者のために働きたいと良心を抱く人がいても不思議はない。
しかし、皆自分が可愛いはずである。なぜ安定した職を辞めたのだろうか。
「ご安心なされ、クビになどなったのではない。私の生家は信州の方の寺で、食うには困らんのじゃ。この不景気にすまんことだが」
たしかに、寺社方の懐具合は世間とは違う。家賃は要らず、税金も納めなくてよいのだ。道楽もできるだろう。
「地元の役所から、代替わりがするまで―父が亡くなるまでということですな―お勤めくださいと勧められたのじゃ。寺の息子なら間違いがないというわけでな。
今は知らんが、私が若いころはそんな慣わしじゃった」
「そうでしたか」
男は案外に張りのある声で笑った。
「いや、やっと返事をしていただけたな」
「―失礼しました。おっしゃったとおり、ほとほとひどい目に遭っておりますもので」
「いや、そんなものじゃ。人の心ほど分からないものはない。下手をすると、家族でもアテにならんからな」
その通りだ。私も妻と息子に背かれ、一人孤立している。
「―それで、ご用件は何でしょうか」
「ズバリ申し上げるが、私なら娘さんを探すことができる。その自信とノウハウがある」
「・・・しかし、警察が3年探せないでいるのです。いや、私も頑張りましたが、・・・」
男は私の言葉を遮った。
「警察だから探せないのじゃ。腕のいい刑事がいても、組織に縛られて動けんのじゃ。
それから、失礼だが、あなたがいくら頑張っても見つかるわけがない。人探しには特殊な能力と人脈を必要とするのじゃ。なめられては困る」
男は気分を害したように呟いた。私は慌てた。
「いやいや、そんな意味ではありません。私は素人なので、お聞き流しください」
「―実は、私は信州から出てきて、神戸におる。お気持ちがないのだったら、ここに用はない」
「神戸に来ておられるのですか?」
「あなたのおかれた窮状を思うと、矢も盾も堪らなくなったのじゃ。娘さんが姿を消されて、もうすぐ4年か・・・。もう頃合じゃろう」
私は聞きとがめた。「もう頃合」とはどういうことだ?
老人は含み笑いをした。
「実を言うと、私には心当たりがあるのじゃ。娘さんは生きておられますぞ」
(続く)