男はロビーの中央に立っていた。
身長160センチくらい、小柄で、角刈りの頭はほとんど真っ白だ。古びた背広によれた替えズボン、田舎のセールスマンが下げているような薄い書類かばんが足元に置かれていた。
どこから見ても風采の上がらない老人である。しかし、その眼光は炯炯として、顔には皺が深く刻み込まれ、口はへの字に結ばれて、いかにも古豪の元刑事という風格があった。男が上質の身なりをしていたら、私はかえって信用しなかったかもしれない。
近づくと、男は軽く会釈し、「高田真一郎じゃ」と名乗った。私の顔は知っていたようである。
向かい合ってソファーに腰を下ろすや、私は口火を切った。
「教えて下さい、娘は無事なんですね?」
高田は軽く咳払いをした。
「正直に申しあげるが、100パーセントとは言えん。しかし、あ奴が人を殺したことはないのでな」
「お願いします。ぜひ娘を取り返して下さい」
私はここへ来るタクシーの中で決心したとおりに言った。高田は深く頷き、老いてはいるが強い視線を、私にしっかりと投げてきた。
「確信しておる。頑張ってまいりましょう」
何という頼もしさであろう。胸に熱いものがこみ上げ、私はまた嗚咽を漏らしそうになった。
思えばこの4年、四面楚歌の有様であった。毎週毎週、たった一人で娘を探していた。現場を見るだけで自責の念に苛まれたものだ。しかし耐え続け、生存を信じてきた。
それなのに、周囲は冷たかった。人の気持ちの冷たさに、どれほど泣いたか知れない。特に、早々に諦めてしまった妻を、私は許すことができない気持ちでいた。
高田は私の心を読んだようにいった。
「どなたかを恨んでおられるのじゃな。しかし、どうでもよいことじゃ。人生はな、おぬし自身が何を信じるか、何に賭け切るかこそが肝要なのじゃ。
おぬしが頑張ってこられたからこそ、私がこうしてお手伝いをすることができる。それでよいではないか」
私は堪えきれずに泣き出した。声を殺そうとしたが駄目だった。
ロビーの客が怪訝そうに見ている。高田は無骨な節くれだった手で、私の肩をそっと叩いた。
「さぁ、ここでは話もできん。どこかで食事でもいたそうか」
(続く)